万華鏡は月を巻き戻す

そして、まずは――

「まさか僕に先に会いに来るとは思わなかったな。」

目の前の黒木巧は、
無表情に近いのに、どこか柔らかそうに笑っていた。
カフェの音楽がゆっくりと流れる。


「…いつ思い出したの?」

「17歳の時。」

「来るの遅かったじゃん。」

「守るためにも…並ぶためにも。
時間も経験も必要だったので。」

黒木は少しだけ目を細め、コーヒーを口にする。

「そう。
わりと冷静だ。」

「それで…羽瑠と近くにいる理由は何ですか?
もう殺す気はないですか?」

黒木は一瞬だけ視線を落とし、
それから静かに言った。

「…どうかな。
でも、契約したんだよ。」

黒木の声は淡々としているのに、
どこか遠い記憶をなぞるようだった。

「君があの日死にかけた時、
『もし腎臓移植できたら、私は貴方が人を殺したくなったり、一人で寂しいときに話し相手になる。
私、お姉さんに似てるんでしょ?
この先、生きてたらお姉さんが成長してるように見えるでしょ?』って。」

黒木は小さく息を吐く。

「それを間に受けた。
そして、羽瑠ちゃんも律儀にそれを守ってくれてる。」

「羽瑠らしい。」

「僕もね。
この関係、気に入ってるんだ。」

黒木は、ほんの少しだけ微笑んだ。

「だから止めてくれた君に…
感謝してる。」

その言葉は、
黒木巧という男が滅多に見せない“本音”だった。

俺は静かに頷く。

羽瑠を守りたい気持ちも、
黒木が抱えてきた孤独も、
ようやく同じ場所で交わった気がした。