万華鏡は月を巻き戻す

羽瑠21歳。

黒木の部屋。
午後の光がブラインド越しに差し込み、白い壁に柔らかい影を落としている。
私は教科書を広げ、黒木はコーヒーを片手に書類を眺めていた。

「ねぇー黒木先生。」

「なに?」

黒木は書類から目を離さず、気怠そうに返事をする。

「ここどういうこと?」

私は教科書を指さす。
難しい専門用語が並んでいて、頭が痛くなる。

「これはこうなるの。」

黒木はペンでさらりと図を描き足す。
その手つきは相変わらず無駄がなくて、見ていて腹が立つほど綺麗だ。

「ふーん。」

「ほんとに看護師になる気なの?」

「今更?大学通ってるし、もうすぐ国試なんですけど。」

「まあいいけどさ。」

黒木はコーヒーを飲みながら、面倒くさそうに肩をすくめる。
でも、その目はどこか楽しそうだった。

この奇妙な関係は続いている。

「私貴方のこと許してませんから。」

「知ってる。」

黒木は淡々と答える。
その声には、5年前にはなかった落ち着きがあった。

「だから見張ることにします。貴方がやらかさないか。」

「へぇー。」

黒木は口元だけで笑う。
挑発するような、でもどこか安心しているような笑い方。

「貴方のサイコパスな一面を知っている私には、気兼ねなくなんでも話していいですよ。」

そう笑う。

黒木は一瞬だけ目を細め、私をじっと見た。
その視線は、昔のような狂気ではなく、
どこか人間らしい温度を帯びていた。

「本当に殺したりしないでくださいよ。頼みますから。」

「そんなことしないよ。
姉さんに似てると思ってたけど、姉さんはこんなバカじゃないし、もっと綺麗だよ。
君と話せば話すほど似てない。」

「失礼な。」

私は頬を膨らませる。
黒木は肩を揺らして笑った。

「それに…この関係気に入ってるだよ。」

その言葉は、
ふざけたようでいて、
どこか本音が混ざっていた。