万華鏡は月を巻き戻す

1年後。
羽瑠18歳。

あの夏祭りの日。
両親には、私が階段から落ちて枝がささり怪我をしたことで腹部の手術をしたということになった。
腎臓がなくなったことは…どうにかひっそりと隠されている。

それも黒木巧のおかげではある。

祖父の呼吸は、まるで細い糸が切れそうに揺れていた。
病室の白い光が、痩せた頬を淡く照らしている。

「羽瑠…死ぬ前に思い出したんだが。」

かすれた声に、私はそっと祖父の手を握り返した。

「何? お爺ちゃん。」

「ちょうど1年前に…朔という少年に会った気がするんだ。」

胸の奥がひゅっと縮む。
祖父の濁った瞳が、遠い過去を探すように天井を見つめていた。

「うん。」

「気づけば忘れていた。
なにか…不思議な気持ちだ。」

祖父の言葉は、途切れ途切れなのに、確かに私の心に届いた。

「うん。」

「羽瑠、幸せになりなさい。」

その言葉は、最期の力を振り絞ったように、静かで、温かかった。

「うん、なるよ。
お爺ちゃんも。」

そう言うと、祖父はふっと微笑み、
そのまま、静かに息を引き取った。

病室に置き去りにされたような静寂。
黒木先生が祖父の胸に手を当て、淡々と死を確認する。
その横顔は医者としての冷静さと、どこか深い哀しみを含んでいた。

私は黒木先生を追って、ふらつく足で廊下に出た。
消毒液の匂いが、やけに強く感じる。

「黒木先生。」

振り返った先生の目は、優しく私を受け止めてくれる。

「どうしたの?」

「あの…お爺ちゃん、最後に朔のこと思い出してた。
どうして…他の人は覚えてなくて、私と先生は覚えてるんでしょう。」

声が震えた。
自分でも抑えられない不安が、喉の奥でつかえていた。

黒木先生は少しだけ目を伏せ、言葉を選ぶように息を吐いた。

「それは…わからないけど。
ただ、運命なんじゃない? そういう。」

「運命…。」

その言葉は、あまりにも曖昧で、でもどこか逃げ場のようでもあった。

「でも一つだけ言えるのは…
君の腎臓は、彼の中で生きてる。」

その言葉が胸に落ちた瞬間、
張りつめていたものが少しだけ緩んだ。

「…はい。」

涙がこぼれそうになるのを、私はぎゅっと唇を噛んでこらえた。