万華鏡は月を巻き戻す


「どうかした? 顔色悪いけど。」

蓮水―いや、黒木先生の手が私に伸びかけた、その瞬間。

「羽瑠!」

朔が迷いなく前に出て、私を庇うように立った。

「貴方だったんですね。
羽瑠を――奪おうとしたのは。」

低く、押し殺した声。
病室の空気が一気に張りつめる。

「何を言ってるの? 今、羽瑠ちゃんは目の前にいるよ。」

黒木は穏やかな笑みを崩さない。

「じゃあ言い方を変えます。
今夜、羽瑠を狙っていましたね。」

その言葉に、黒木の指先がわずかに止まった。
笑みが、ほんの一瞬だけ揺れる。

朔は続ける。

「黒木沙羅。あなたの姉、17歳。
夏祭りの帰り道、事故で亡くなった。」

黒木の目が細くなる。

「そこまで調べているのか。
……そうだよ。姉さんは死んだ。
あの日から、僕の世界は色を失った。」

声は静かで、淡々としているのに、どこか壊れた響きがあった。

「優しい人だった。聡明で、美しくて……
羽瑠ちゃん、君にそっくりだ。」

背筋が冷たくなる。

黒木は、まるで告白するように続けた。

「だからね、君を“守りたい”と思った。
姉さんのように、突然奪われるんじゃなくて……
僕が責任を持って、君を永遠に留めておきたいと。」

その言葉は、優しい声で語られているのに、
意味はあまりにも歪んでいた。

朔が一歩踏み出す。

「それは守るじゃない。
支配だ。奪うことだ。」

黒木は首をかしげる。

「違うよ。
僕はただ……君を“綺麗なまま”残したかっただけだ。」

その笑顔は、
優しさと狂気が紙一重で混ざり合っていた。