都合のいい女をやめた日、私は空へ戻る

時絵は最終的に出席することに同意した。

理由は一つ──鶴也のことは嫌いでも、そのフライトショーに登場するパイロットは、ずっと憧れてきた人物だったからだ。

会場に到着すると、すでに満席だった。

鶴也と綾子も来ていたが、時絵は二人の様子に一切注意を払わず、ひたすらショーに集中していた。

ショーが終盤に差しかかった頃、彼女が立ち上がって会場を後にしようとしたその瞬間──

突如、頭上を飛び越えた模型機が不規則に揺れ始め、まっすぐ観客席に向かって突っ込んできた!

ちょうどその方向には、時絵と綾子がいた。

「模型機が暴走した!」

場内には悲鳴が響き渡り、観客たちは四方八方へ逃げ出した。

しかし、時絵と綾子の二人だけは、群衆の中で身動きが取れず、その場に取り残された。

落下してくる飛行機がどんどん近づいてくる中、綾子は泣き出した。

「どうしよう、どうしよう、私、まだ死にたくないよぉ……!」

時絵の手のひらには冷や汗がにじんでいた。

彼女も怖かった。

だが、こういうときこそ冷静でいなければならない。

やっと周囲の人たちが動き出し始め、時絵も出口に向かって走り出した。

だがそのとき、暴走した機体が、彼女たちの上空に落ちてきた。

ドンッ!

轟音とともに、時絵と綾子は衝撃で吹き飛ばされた。

──痛い……

体の奥まで突き刺すような、鋭く、容赦のない痛みだった。

時絵が目を開けると、自分と綾子の脛に機体の残骸が突き刺さっていた。

「綾子!」

かすかに、鶴也の声が聞こえた。

朦朧とした意識の中、彼女は目を凝らしてその姿を追った。

必死に視線を向けると、彼は逃げ惑う人々をかき分け、必死に駆け寄ってくるのが見えた。

彼の顔には恐慌と焦燥、心配の色が浮かんでいた。

いつも完璧に整えられていた髪も、今はぐしゃぐしゃだった。

時絵が何かを言おうとする前に、綾子のすすり泣く声が先に響いた。

「おじさん、痛いよ……助けて……!」

鶴也は、時絵を一瞥すらせず、ためらうことなく綾子を抱き上げた。

そして振り返ることなく、彼女を抱いたまま立ち去ろうとした。

その姿を目にした時絵は、生への本能に突き動かされ、力を振り絞って叫んだ。

「鶴也!」

振り返った彼の目に映ったのは、血まみれの時絵だった。

その腕の中の綾子はなおも泣き続けていた。

焦る彼は、結局こう言い残すだけだった。「ここで待ってろ、すぐに救助が来るから」

そしてそのまま、足早に彼女の視界から姿を消した。

全身の力を使い果たした時絵は、その場で静かに目を閉じた。

……

海浜市中央病院。

時絵は、激しく息を呑みながら目を覚ました。

脚を動かそうとしたが、まったく感覚がなかった。

気づけば、両脚は分厚いギプスに包まれていた。

「目が覚めたか。しばらくは安静にしてろ。綾子に骨髄を提供したばかりで、まだ体が弱ってるからな」

鶴也の言葉は、雷鳴のように彼女の耳に響いた。

時絵の目が大きく見開かれた。「骨髄って……何の話……?」

鶴也はあくまで淡々と言った。「綾子の脚に破片が貫通してて、骨髄移植が必要だったんだ。時間がなかったから、お前のを借りたよ。でも安心して、骨髄は再生するって医者も言ってたし。何年かすれば元に戻るから」

まるで、何気ない日常の出来事のように。

時絵の世界が一瞬で崩れ落ちた。

「私の骨髄を、綾子に……移植したって……?」

「そう。でも安心して、ちゃんと補償はするよ。お前、ずっと一緒に火鍋食べに行きたいって言ってたよね?綾子の手術が終わったら、食べに行こう。お前、辛いの好きだったよね?」

まるで施しのように語る彼の言葉に、時絵の中の最後の理性が吹き飛んだ。

バシンッ!

彼女は力いっぱい、鶴也の頬を打った。

病室に響くその音に、付き添いの秘書すら息を呑んだ。

鶴也に平手打ちを食らわせた人間など、今まで一人もいなかったのだから。

「何の権利があって、私の体を勝手に使うの!?骨髄を失った人間がどれほどのリスクを背負うか、分かってるの!?綾子が怪我したのは分かってる!でも私だって同じよ!なぜ私のものを奪うの!?あんた、本当に心あるの!?」

怒りに打ち震える時絵に、鶴也は珍しく怒りを見せることなく、彼女を抱きしめて言った。

「落ち着いてくれ……」

「触らないで!!」

まるで汚いものに触れられたかのように、時絵は彼を思い切り突き飛ばした。

彼女の目は血走り、体は震え、力任せに鶴也の胸を殴った。

「返してよ……返して!私の骨髄を返して!!」

──骨髄を失えば、植物状態になる。

植物状態で、どうやって飛行機を操縦する?

これからの人生を想像した時絵は、崩れ落ちるように泣き叫んだ。

鶴也は腕の中でみすぼらしくなった女を見て、初めて憐憫に似た感情が芽生えた。

彼の脳裏に、かつて陽気で無邪気だった彼女の姿が浮かんだ。

彼は喉が詰まり、慰めの言葉をかけようとしたそのとき――

病室のドアが激しくノックされた。

「斉藤さん、お嬢様が目を覚まされました!」

綾子の主治医だった。

その声を聞いた途端、鶴也は時絵をあっさりと手放し、ドアの方へ駆け寄った。

ドアの前で一度だけ振り返り、彼は言った。「しっかり休め。元気になったら、一緒に火鍋を食べに行こう」

そして彼は、何事もなかったかのように病室を後にした。

彼の姿が完全に見えなくなった瞬間、時絵は顔を枕に埋めて、声を殺して泣き崩れた。