都合のいい女をやめた日、私は空へ戻る

結局、その投稿は削除された。

斉藤家が海浜市で絶大な権力を握っている以上、時絵の友人も引き下がるしかなかった。

しかし代償として、鶴也は綾子に謝罪させた。

「ごめんなさい、おばさん。わざとじゃなかったの」

得意げで挑発的な笑みを浮かべる少女を見ながら、時絵は拳を握り締めた。

──たった一言の謝罪で、受けた傷が癒えると思うのか?

自分を何だと思っているんだ!

「受け入れられない」

時絵は噛みしめるように言った。

鶴也が眉をひそめ、叱責しようとした瞬間、綾子がさっと割って入った。

「大丈夫よ、叔母さん。怒るのも当然だわ。……ね、飲みましょ? お酒で仲直りってよく言うじゃない?」

そう言って、彼女はひとり勝手にグラスを重ね始めた。

綾子は酒に弱かった。

鶴也は慌てて彼女を支え、まるでガラス細工でも扱うかのように細心の注意を払った。

時絵は見ているだけでイライラしたが、何も言わずに席を立ち、トイレに向かった。

──見なければ、少しは楽になれるかもしれない。

家に戻った頃には、綾子は酔いつぶれていた。

「今夜、綾子はここに寝る」

そう言い残して、鶴也はキッチンへと向かい、エプロンを身に付け、丁寧に酔い醒ましのスープを作り始めた。

時絵はふと、自分がかつて酔いつぶれたときのことを思い出した。

──病院に運ばれても、彼からの電話ひとつなかった。

自分は、綾子には到底敵わない。

視線をそらし、時絵は二階へ上がった。

部屋に入って携帯を忘れたことに気づき、取りに下りていくと――そこで息が止まるような光景を目にした。

ソファの前、綾子が鶴也の首に両手を回し、二人の顔が今にも触れそうなほど近づいている。

「おじさん……今日のリップ、あなたが選んでくれたやつなの。ねぇ、味見してみて?」

綾子がさらに近づくと、鶴也は一瞬ためらった。

そして突然、彼女を強く抱き寄せた。

熱く狂ったようなキスが交わされ、二人はすぐに密着した。

「綾子」

そう呟くと、鶴也は彼女を押し倒した。

時絵はもう我慢できず、部屋に駆け込んだ。

ドアが閉まるやいなや、それまで保っていた強がりの仮面が崩れ落ちた。

彼女は声を上げて泣いた。

五年間、心に押し込めてきたすべての悲しみと痛みが一気に溢れ出した。

──料理を覚えるために何度も切った指先、彼のために飲み過ぎて病院に運ばれ、吐いた血の苦さ、必死に耐えた夜、報われなかった愛……

全部、全部がただの滑稽な記憶に変わっていた。

その夜、彼女は一睡もできなかった。

明け方、彼女は黙々と荷物をまとめ始めた。

ドアを開け、スーツケースを引きずって廊下に出たとき──

そこには、壁にもたれる綾子の姿があった。

「どこ行くの?」

時絵は一瞥もしないまま冷たく答えた。「あんたには関係ないわ」

そして荷物を持って階段へ向かおうとしたその瞬間、綾子が唐突に足を出した。

避けきれなかった時絵はそのまま足を取られ、階段を転げ落ちた。

起き上がろうとした時、額から血が流れていた。

綾子はゆっくりと階段を下り、彼女の前に立つと、時絵の髪を掴んで引き上げた。

「よくも私にそんな口きいてくれたわね?おじさんは私の味方よ。あんたなんて死んだって、あの人は私を庇うわ」

そう言って、綾子は時絵の包帯を巻かれた手に、容赦なく足を乗せた。

「飛ぶのが好きなんでしょ?じゃあ、その手、もう一生使えないようにしてあげる!」

ミシッ――!

骨が砕けるような音が、はっきりと聞こえた。

時絵は必死で身をよじって逃れようとしたが、綾子は容赦なく踏みつけ続けた。

その時――

「やめろッ!」

大声とともに、玄関の扉が開かれた。

時絵の意識はそこで途切れた。

……

再び目を覚ましたとき、彼女は真っ白な病室の中にいた。

意識が戻るとすぐに、彼女は携帯を探し出し母親に電話をかけた。「……お母さん、お願い。免許証、H市に戻して。……もうここには、一日たりともいたくない」

そのとき、病室のドアが開き、鶴也が入ってきた。

「……免許証?お前、パイロットは諦めたんじゃなかったのか?」