都合のいい女をやめた日、私は空へ戻る

その瞬間、鶴也の顔色がさっと変わった。

グラスを置く暇もなく、彼は大股で外へ駆け出した。

外に出ると、そこには綾子がある男の腕にしなだれかかり、笑顔で話している姿があった。

「お前、何してるんだ!」

怒声とともに、鶴也は綾子を乱暴に男から引き剥がし、その手首をぐっと引き寄せて抱きしめた。

突然の行動に、綾子は目を見開き、そしてすぐに彼の腕を振りほどこうと強く抵抗した。「触らないで!」

「俺が触るなと? ならこの野郎に触られたいのか?」

鶴也の目は真っ赤に染まり、まるで理性を失った獣のようだった。

その姿を、五年間そばにいて見続けてきた時絵は、初めて見た。

──冷静沈着で、常に感情を見せなかった彼が、今、嫉妬で狂いそうになっている。

「もういいでしょ!どうせあなたなんて私のことなんか必要としてないくせに!だったら、誰と一緒にいようと関係ないじゃない!」

「誰が、お前をいらないなんて言った?」

綾子は詰め寄った。「じゃあ、どうして無視するの?どうして私の誕生日に帰ってこなかったの?バレンタインだって、何もくれなかったじゃない!前はどんなイベントでも絶対に忘れなかったくせに!」

怒りと悲しみの入り混じった彼女の言葉に、鶴也は息を詰まらせた。

その背後で見つめる時絵の目には、はっきりと見えた。

──表向きは冷静を装っているが、彼の体は細かく震えている。

怯えているのだ。

何に?

自分の醜く汚れた欲望が綾子に知られてしまうことか。

自分と付き合っていたのはその醜い本心を隠すためだということか。

時絵は苦笑した。

──なんて滑稽なんだろう。

ここまで来ても、鶴也は綾子を守ろうとしている。

彼女のことで嫉妬し、彼女の言葉一つで心を乱される。

一方で、自分は何だったのか。

彼の醜さを隠すためだけに、用意された仮面。

ただの「言い訳」でしかない……

「全部あの女のせいだわ!あの女と出会ってから、おは変わった! 私をこんな風に扱って……約束したじゃない、ずっと私を一番にすると!どうして他の女なんかに……!」

綾子の声が、泣き叫ぶように響き渡った。

「あの男たち、ろくでもない連中でしょ?おじさん、彼女を壊せば私の元に戻れるわよね?」

そう言って、綾子は鋭い視線を時絵に投げつけた。

次の瞬間、彼女は勢いよく個室の扉へ向かい、バンッと音を立ててそれを閉めようとした。

時絵は一瞬で危機を察知し、逃げようと扉へ向かうも――ギリギリで伸ばした片手しか出せなかった。

綾子の顔が、ますます狂気に染まっていった。

「おじさんを奪おうとするからこうなるのよ。死ぬまで苦しみなさい!」

狂気に満ちた声とともに、綾子はさらに力を込めて扉を閉じた。

扉がさらに強く引かれ、時絵の指が真っ赤に腫れ上がり、耐え難い激痛が走った。

耐えきれず、時絵は腕を引き戻すしかなかった。

ドンッ!

扉が閉まる大きな音が響き、個室内にどっと騒然とした空気が流れた。

「小林さん、鶴也には捨てられたんだろ?だったら俺たちと遊んだ方がマシだよな?」

男たちがにやつきながら彼女を囲んできた。

悪臭が鼻腔を襲い、時絵は腕を抱きながら後ずさった。「近寄らないで!」

パン!

乾いた音が響いた。

誰かが彼女を平手で叩いたのだ。

その直後、顎をぐいと掴まれた。

「何を気取ってんだ?鶴也の元で何年もいたんだから、もう使い古されてるんだろ? それとも、調教済みか? ははは…… だからこそ、こんな場に連れて来られたんだな」

「大人しくした方が身のためだ。俺たちを満足させれば、痛い目に遭わずに済むかもしれねえぜ」

迫り来る男たちを見て、時絵は恐怖に駆られた。

ふと目に入ったのは、大きく開け放たれたバルコニーだった。

躊躇なく、彼女はそこへ走り出した。

そして――

バルコニーから身を投げた。

ドサッ。

鈍い音とともに、時絵の体は地面に叩きつけられた。

全身に激痛が走って、頭が真っ白になった。

それでも、彼女は全力を振り絞って叫んだ。

「助けて……」

かすかに視界に映ったのは、駆け寄る鶴也の姿だった。

だが、彼女の意識はそこで途切れた。