都合のいい女をやめた日、私は空へ戻る

──海浜市を離れてから、こんなにも長い時間が経ったというのに。

まさか鶴也が、自分を探してここまで来るなんて。

つい最近までは、綾子と婚約するという話が流れていたはずだ。

それが今さら、なぜ自分の前に現れる?

時絵の冷えきった反応に、鶴也の心臓がぎゅっと締めつけられるような痛みを感じた。

けれど彼はすぐに立て直した。

──あの時、どれほど彼女を傷つけても、彼女はずっと自分の傍にいてくれた。

ならば、今、自分が頭を下げたところで、大したことではない。

「時絵……怒っているのはわかってる。全部俺が悪かった。綾子のことも……もう処理した。許せないなら、好きなようにすればいい。帰ってくれるなら、それでいいんだ」

そう言って、鶴也はそっと時絵の服の裾に手を伸ばした。

まるで愛を乞う子供のように。

しかしその仕草さえも、時絵にとっては、ぞっとするほどの嫌悪感を伴うものだった。

──処理した?

その意味を彼女はよく知っていた。

──鶴也が海浜市のビジネス界でどれほど手段を選ばない男だ。

彼にとって「処理」とは、決して穏やかなものではない。

十数年も一緒にいた綾子にさえ手をかけるなんて。

どれほど冷酷な心の持ち主なのか。

さらに、綾子に非があったとしても、彼女をそうさせたのは鶴也本人ではないか?

あの苦しい記憶は、彼がもたらしたものでは?

結局、彼は相変わらず自己中心的で、綾子を罰すれば自分を取り戻せると考えている。

帰る?

時絵は内心で苦笑した。

──おそらく「帰る」ことですらない。

彼のような人間は、ただ自分が奴隷のように尽くすことに慣れ、5年間も恥知らずに奉仕し続けることに慣れていただけだ。

今、自分が去ったことで、依存症のような状態になったに過ぎない。

彼女が口を閉ざしているのを見て、鶴也は焦り始めた。

彼は慌てて携帯を取り出し、綾子を「処分」した写真を見せようとした。

写真には鎖で縛られ、全身血まみれの女性が写っていた。

特に膝の部分はすでにぐちゃぐちゃに潰れていた。

「お前の膝があんなに傷ついたから……俺は彼女の両足を折った。もしまだ気が済まないなら……」

ガチャン!

乾いた音とともに、携帯が時絵の手によって床に叩きつけられた。

「……やめて」

彼女は口元を押さえ、今にも吐き出しそうなほどの表情で言った。

「気持ち悪い。最低……!あんた、本当に人間なの?」

鶴也は呆然と地面に落ちた携帯を見下ろした。

時絵の嫌悪に満ちた視線が彼の脳裏を駆け巡った。

鶴也は彼女の瞳を見つめた。

──この数日間、寝ても覚めても、夢にまで見た時絵との再会。

だが今、彼女が発する一言一言が、全て心に突き刺さる棘のように、耐えがたい痛みを与えていた。

時絵の腕を乱暴に掴んで、鶴也はまるで祈るような声音で言った。「どうすればいい?戻ってくれるなら、何でもする……全部お前の言う通りにするから!」

「……離して!」

時絵は必死にもがいたが、力の差は歴然だった。

ちょうどその時——

上着を取りに行っていた和真が戻ってきた。

目の前の状況を目にした瞬間、彼はすぐさま駆け寄り、時絵を守るように彼女の前に立ちはだかった。

「時絵が嫌がっているのが見えないのか?これ以上なら警察を呼ぶ」

不意を突かれた鶴也はぐらりとよろめき、危うく転びそうになった。

顔を上げると、突然現れた男を信じられないという目で見つめた。

「時絵……こいつは誰だ?」

時絵が口を開くよりも早く、和真が彼女をしっかりと抱き寄せた。

そして、冷静かつ力強い声で言い放った。

「俺は彼女の恋人だ」

和真の力強い宣言に、鶴也は呆然とした。

やがて、目を見開いたまま震える声を上げた。

「そんなはずない!嘘だ!」

──たった二ヶ月。

彼女がそんなすぐに他の男を選ぶはずがない。

ずっと、自分だけを想っていたはずじゃないのか?

時絵は和真が自分を守るためにそう言っていると理解し、続けた。「ええ、彼は私の恋人よ。鶴也、私はあんたとはもう終わったの」

「認めない!そんなの嘘だろ? お前は俺のこと、あんなにも愛してたじゃないか!」

鶴也は怒鳴った。

その言葉は、時絵に過去の記憶を呼び起こさせた。

──そう……

まさにあれほど彼を愛していたからこそ、これほどまでに傷つけられたのだ。

今さらよくそんなことが言えるものだ。