朝早く、時絵は海浜市の飛行ステーションへと足を運んだ。
かつてはただ一度の飛行大会のために海浜市を訪れただけだったはずが――鶴也に恋をしてしまったあの日から、彼女は飛行免許を海城へと移した。
そして今、もう一度自分の夢を取り戻すために、原点へと戻るつもりだった。
「免許証は3日後に郵送します。到着次第ご署名ください」
受付から領収書を受け取り、時絵はステーションを後にした。
澄み渡った青空の下、時絵の心はどこまでも静かだった。
──もうすぐこの場所を離れられる。
長い間自分を縛っていたこの街を。
そして、五年間の青春を費やしたあの男を。
結局、自分を過大評価していた。
彼のために、夢を諦め、前向きだった自分を捨て、ご機嫌を伺うことしかできない忠犬のような女になってしまった。
周囲の嘲笑は、すべて正しかった。
彼の心を動かせなかった。
元から別世界の人間なのだ。
「これで終わり」
彼女は領収書をバッグの中へ仕舞った。
帰宅すると、リビングのソファに鶴也が座っていた。
厳めしい表情で、まるで彫像のように動かず、昨夜、理性を失っていたあの男と同一人物だとは到底思えなかった。
実際に見ていなければ信じられない光景だった。
強い吐き気が込み上げ、彼女はまた吐きそうになった。
「どこに行ってた?」
鶴也が口を開いた。
「あなたがずっと行けと言っていた場所よ」
──何度も、彼は免許を取って出て行けと言っていた。
今、ようやく彼の望みを叶えてあげた。
きっと喜ぶだろう。
鶴也は眉をひそめ、長い脚で彼女の前に歩み寄った。「今夜、ビジネスパーティーがある。準備しておけ」
──またビジネスのパーティーか。
四年間、彼の傍で何度も同じような場に出た。
内容はいつも同じ。
酒に次ぐ酒。
そのたびに、命を削られているような思いだった。
もう、行きたくない。
「気分が悪いから、行けない」
鶴也は訝しげに眉を上げた。「また何を拗ねているんだ?」
──少しでも彼の意に沿わなければ、すぐに「拗ねている」と決めつけられる。
「もう決まったことだ。お前はアシスタントなんだから、それが仕事だ」
そう言い残して、彼はさっさと部屋を出ていった。
結局、時絵はいつも通りその場に現れた。
「こちらは?」
宴席にいるのは鶴也を除き全員中年男性だった。
時絵のスタイルは良く、きちんとした仕事服でも男たちの視線を集めた。
その視線のいやらしさに、彼女は思わず背筋が震えた。
彼女は助けを求めるように鶴也を見つめたが、彼の表情は冷たく、一瞥することさえしなかった。
「俺のアシスタントだ」
それだけで、男たちの目つきはさらにいやらしくなった。
不躾な視線と動きが、時絵の目に映った。
彼女は不安で手を握り締めるしかなかった。
そのとき、隣の男が耳元で冗談めかして囁いた。「お前の彼女じゃなかったか?そんな言い方してたら、この連中に何されるかわかったもんじゃないぞ」
時絵の心臓がきゅっと縮まった。
──鶴也の答えが自分の運命を決める。
彼女は思わず唇を噛んだ。
だが鶴也は涼しい顔で言い放った。「構わん。彼女なら耐えられる」
その一言で、時絵の中の何かが、崩れ落ちた。
──耐えられる?
この場には、アルコール度数の高い酒しかない。
彼は、自分のことをただの道具だと思っているのか。
それとも、本気で――どうなっても構わないと思っているのか。
「……お前、よく平気でいられるな。彼女だろ?そこまで無関心になれるって、いったい何なら大事に思えるんだよ?」
その時、個室のドアが開いた。
鶴也のボディーガードが慌てて駆け込んできた。
「社長、大変です!お嬢さんが、外で見知らぬ男と一緒に車に乗り込んで行きました!」
かつてはただ一度の飛行大会のために海浜市を訪れただけだったはずが――鶴也に恋をしてしまったあの日から、彼女は飛行免許を海城へと移した。
そして今、もう一度自分の夢を取り戻すために、原点へと戻るつもりだった。
「免許証は3日後に郵送します。到着次第ご署名ください」
受付から領収書を受け取り、時絵はステーションを後にした。
澄み渡った青空の下、時絵の心はどこまでも静かだった。
──もうすぐこの場所を離れられる。
長い間自分を縛っていたこの街を。
そして、五年間の青春を費やしたあの男を。
結局、自分を過大評価していた。
彼のために、夢を諦め、前向きだった自分を捨て、ご機嫌を伺うことしかできない忠犬のような女になってしまった。
周囲の嘲笑は、すべて正しかった。
彼の心を動かせなかった。
元から別世界の人間なのだ。
「これで終わり」
彼女は領収書をバッグの中へ仕舞った。
帰宅すると、リビングのソファに鶴也が座っていた。
厳めしい表情で、まるで彫像のように動かず、昨夜、理性を失っていたあの男と同一人物だとは到底思えなかった。
実際に見ていなければ信じられない光景だった。
強い吐き気が込み上げ、彼女はまた吐きそうになった。
「どこに行ってた?」
鶴也が口を開いた。
「あなたがずっと行けと言っていた場所よ」
──何度も、彼は免許を取って出て行けと言っていた。
今、ようやく彼の望みを叶えてあげた。
きっと喜ぶだろう。
鶴也は眉をひそめ、長い脚で彼女の前に歩み寄った。「今夜、ビジネスパーティーがある。準備しておけ」
──またビジネスのパーティーか。
四年間、彼の傍で何度も同じような場に出た。
内容はいつも同じ。
酒に次ぐ酒。
そのたびに、命を削られているような思いだった。
もう、行きたくない。
「気分が悪いから、行けない」
鶴也は訝しげに眉を上げた。「また何を拗ねているんだ?」
──少しでも彼の意に沿わなければ、すぐに「拗ねている」と決めつけられる。
「もう決まったことだ。お前はアシスタントなんだから、それが仕事だ」
そう言い残して、彼はさっさと部屋を出ていった。
結局、時絵はいつも通りその場に現れた。
「こちらは?」
宴席にいるのは鶴也を除き全員中年男性だった。
時絵のスタイルは良く、きちんとした仕事服でも男たちの視線を集めた。
その視線のいやらしさに、彼女は思わず背筋が震えた。
彼女は助けを求めるように鶴也を見つめたが、彼の表情は冷たく、一瞥することさえしなかった。
「俺のアシスタントだ」
それだけで、男たちの目つきはさらにいやらしくなった。
不躾な視線と動きが、時絵の目に映った。
彼女は不安で手を握り締めるしかなかった。
そのとき、隣の男が耳元で冗談めかして囁いた。「お前の彼女じゃなかったか?そんな言い方してたら、この連中に何されるかわかったもんじゃないぞ」
時絵の心臓がきゅっと縮まった。
──鶴也の答えが自分の運命を決める。
彼女は思わず唇を噛んだ。
だが鶴也は涼しい顔で言い放った。「構わん。彼女なら耐えられる」
その一言で、時絵の中の何かが、崩れ落ちた。
──耐えられる?
この場には、アルコール度数の高い酒しかない。
彼は、自分のことをただの道具だと思っているのか。
それとも、本気で――どうなっても構わないと思っているのか。
「……お前、よく平気でいられるな。彼女だろ?そこまで無関心になれるって、いったい何なら大事に思えるんだよ?」
その時、個室のドアが開いた。
鶴也のボディーガードが慌てて駆け込んできた。
「社長、大変です!お嬢さんが、外で見知らぬ男と一緒に車に乗り込んで行きました!」
