都合のいい女をやめた日、私は空へ戻る

飛行基地で。

時絵は訓練を終え、ヘルメットを脱いで休憩室へ向かった。

室内には既に誰かがフルーツとスイーツを用意してくれていた。

「時絵、主治医の先生が来てるよ!私たちにもアフタヌーンティー持ってきてくれたの!」

休憩室では、数人の同僚たちが果物を頬張りながら羨ましそうに声を上げていた。

時絵は軽くうなずき、自分専用の休憩室へと向かった。

そのドアを開けた瞬間、白いシャツを着た男性がソファに腰を下ろしているのが目に入った。

ちょうど光の差し込む角度から、彼の額にかかる前髪と高く整った鼻梁がよく見えた。

時絵がこれまで出会った男性の中で、記憶に深く刻まれる人物は、鶴也を除けば宮崎和真(みやざき かずま)が初めてだった。

彼は彼女の主治医であり、国内外で名の知れた医学教授でもある。

時絵は、そんな彼を心から尊敬し、また深く感謝していた。

「……宮崎先生」

時絵が口を開いた瞬間、和真は手にしていた本を静かに閉じ、立ち上がった。

そして、ゆっくりと彼女の前まで歩み寄った。

「小林さん、テストの合格、おめでとう」

言いながら、まるで魔法のように背後から一束のひまわりを差し出した。

時絵は驚いたように目を見開き、そのあとぱっと笑顔を咲かせた。

「ただの飛行訓練のテストよ、わざわざ来なくてもよかったのに」

口ではそう言いながらも、心の中ではその気遣いに不思議なほど温かさを感じていた。

「君の主治医として、毎日の心の状態を把握するのも義務なんだ」

その真顔での冗談に、時絵は思わず笑ってしまった。

──骨科医が心理カウンセラーの仕事までするなんて。

「そんなに真面目に職務を果たすなら、今夜くらいはご褒美に夕食をご一緒してくれない?」

「もちろん」

そのくらいの頼みなら、断る理由もなかった。

和真が部屋を出たあと、外でこっそり聞き耳を立てていた同僚たちが、一斉に顔を覗かせた。

「ねえ時絵、宮崎先生ってどうしてあんなにあなたに優しいの?」

「そうそう、あの人って毎日忙しいはずなのに、あなたの訓練が終わる時間になると必ず現れるよね。アフタヌーンティーだったり、スイーツだったり、料理だったり……おかげで私たちみんな太っちゃった」

「……もしかして、宮崎先生……時絵のことが好きなんじゃない?」

……

和真の気遣いがどれほど細やかなものか、時絵は誰よりもよく知っていた。

H市に来たばかりの頃、両足の状態が原因でパイロット試験を受けられなかった彼女は、何日も塞ぎ込んでいた。

その後、時絵の母親が和真を自宅に招き、治療を依頼したのだ。

──あの時期は、私にとってこの数年で最も幸せな時間だった。

和真は他の男たちとは違った。

心遣いが細やかで、何事にも丁寧。

私が少しでも不機嫌そうにしていれば、すぐに気づき、あの手この手で笑顔にさせてくれた。

最初は、それも母さんが大金を払っているからだと思っていた。

後になって、和真が自ら志願し、治療費を一切受け取っていないことを知った。

どうして?

どうしてそこまでしてくれるのか?

胸の奥で鈍い痛みが広がる。

海城での経験で、男を信用できなくなっちゃったから。

……和真は、自分のことが好きなのだろうか?