「まだいるの?」
小林家の別邸で、窓から外を見下ろした時絵の母親は、邸宅の外に佇み続ける鶴也の姿を目にした。
背筋を伸ばし、動くことなく立ち尽くすその姿は、まるで無言の彫像のようだった。
「奥様、斉藤さんが――お嬢様に一目会いたいと仰っています」
時絵の母親は激しい怒りと共に手元の湯飲みを思いきり床に叩きつけた。
ぱりん、と乾いた音が響き、破片があたりに散った。
「彼は……彼は時絵を何だと思っているの!?捨てて、傷つけて、今さら『後悔してる』の一言で、すべてが帳消しになるとでも!?」
娘からの電話越しに聞こえた、崩れ落ちるような嗚咽を思い出し、彼女の胸は締めつけられた。
「追い返して」
その頃、外では、しとしとと静かな雨が降り始めていた。
冷たい雨粒が、鶴也の頬を濡らした。
だが彼は、一歩も動かずに立ち尽くしていた。
ほどなくして、玄関のドアが開き、執事が姿を現した。
「斉藤様、お引き取りください。——お嬢様は、お会いになるつもりはありません」
明らかな追い帰しだった。
しかし鶴也は気にも留めず、ただ黙って二階の窓――飛行機の模型が並ぶ部屋を見上げ続けた。
あれは、時絵の部屋だった。
かつて二人の家にも、同じような部屋があった。
しかし彼のために、時絵は自分の趣味さえ捨てた。
我に返ると、彼は執事に言った。
「……俺は、ここで待つ。彼女が会ってくれるまで、ずっと」
執事は彼を一瞥すると、静かに首を横に振り、何も言わずに扉の向こうへ戻っていった。
……
それから半月もの間、鶴也は毎日、小林家の門前に立ち続けた。
雨の日も、風の日も、二階のあの部屋をじっと見つめたまま。
ついに時絵の母親は堪えきれず、玄関のドアを開け、外へ出た。
「……どうして、今さら戻ってきたの?愛してないくせに、なんでまた時絵の前に現れるの?彼女は今、やっと穏やかな日々を取り戻しつつあるのよ。あなたが現れることで、また彼女を苦しめるだけ……お願いだから、帰ってちょうだい!あなたは、もう十分すぎるほど、あの子を傷つけたじゃない!」
──ここはH市。
海浜市でいくら斉藤家の力があっても、こっちも簡単には屈しない。
仮に鶴也が無理を通せば、それ相応の手段を取る覚悟もある。
娘にこれ以上の苦痛を味わわせたくない。
「……すべて、俺が悪かった。でも……それでも、彼女を取り戻すチャンスだけは、どうか……」
そう言って、鶴也は静かに膝をついた。
その場にいたアシスタントは、あまりの光景に呆然とした。
鶴也が頭を下げるなんて、かつて一度も見たことがなかったから。
時絵の母親もその姿に目を見張った。
──あの斉藤家の御曹司が、自分の前で土下座を──?
もう、何を言っても、この男の心は変わらない。
仮に今追い返しても、いずれ必ず時絵を探し出すだろう。
長い沈黙の後、彼女は小さく息をつき、唇を噛みしめながら言った。
「……時絵は、ここにはいない。飛行基地に行ったわ。私たちはあなたを妨げない。だが、もしもう一度彼女を傷つけるようなことがあれば……絶対に許さないからね!」
小林家の別邸で、窓から外を見下ろした時絵の母親は、邸宅の外に佇み続ける鶴也の姿を目にした。
背筋を伸ばし、動くことなく立ち尽くすその姿は、まるで無言の彫像のようだった。
「奥様、斉藤さんが――お嬢様に一目会いたいと仰っています」
時絵の母親は激しい怒りと共に手元の湯飲みを思いきり床に叩きつけた。
ぱりん、と乾いた音が響き、破片があたりに散った。
「彼は……彼は時絵を何だと思っているの!?捨てて、傷つけて、今さら『後悔してる』の一言で、すべてが帳消しになるとでも!?」
娘からの電話越しに聞こえた、崩れ落ちるような嗚咽を思い出し、彼女の胸は締めつけられた。
「追い返して」
その頃、外では、しとしとと静かな雨が降り始めていた。
冷たい雨粒が、鶴也の頬を濡らした。
だが彼は、一歩も動かずに立ち尽くしていた。
ほどなくして、玄関のドアが開き、執事が姿を現した。
「斉藤様、お引き取りください。——お嬢様は、お会いになるつもりはありません」
明らかな追い帰しだった。
しかし鶴也は気にも留めず、ただ黙って二階の窓――飛行機の模型が並ぶ部屋を見上げ続けた。
あれは、時絵の部屋だった。
かつて二人の家にも、同じような部屋があった。
しかし彼のために、時絵は自分の趣味さえ捨てた。
我に返ると、彼は執事に言った。
「……俺は、ここで待つ。彼女が会ってくれるまで、ずっと」
執事は彼を一瞥すると、静かに首を横に振り、何も言わずに扉の向こうへ戻っていった。
……
それから半月もの間、鶴也は毎日、小林家の門前に立ち続けた。
雨の日も、風の日も、二階のあの部屋をじっと見つめたまま。
ついに時絵の母親は堪えきれず、玄関のドアを開け、外へ出た。
「……どうして、今さら戻ってきたの?愛してないくせに、なんでまた時絵の前に現れるの?彼女は今、やっと穏やかな日々を取り戻しつつあるのよ。あなたが現れることで、また彼女を苦しめるだけ……お願いだから、帰ってちょうだい!あなたは、もう十分すぎるほど、あの子を傷つけたじゃない!」
──ここはH市。
海浜市でいくら斉藤家の力があっても、こっちも簡単には屈しない。
仮に鶴也が無理を通せば、それ相応の手段を取る覚悟もある。
娘にこれ以上の苦痛を味わわせたくない。
「……すべて、俺が悪かった。でも……それでも、彼女を取り戻すチャンスだけは、どうか……」
そう言って、鶴也は静かに膝をついた。
その場にいたアシスタントは、あまりの光景に呆然とした。
鶴也が頭を下げるなんて、かつて一度も見たことがなかったから。
時絵の母親もその姿に目を見張った。
──あの斉藤家の御曹司が、自分の前で土下座を──?
もう、何を言っても、この男の心は変わらない。
仮に今追い返しても、いずれ必ず時絵を探し出すだろう。
長い沈黙の後、彼女は小さく息をつき、唇を噛みしめながら言った。
「……時絵は、ここにはいない。飛行基地に行ったわ。私たちはあなたを妨げない。だが、もしもう一度彼女を傷つけるようなことがあれば……絶対に許さないからね!」
