都合のいい女をやめた日、私は空へ戻る

鶴也が目を覚ますと、まずスマホを手に取り最新の報道を確認した。

昨日の出来事は早くもトップニュースとなっていた。

写真には、彼の書斎に飾られた綾子の写真の数々が晒されていた。

だが──鶴也の心は、そんなことには一切揺れなかった。

彼は時絵とのチャット画面に戻った。

──やはり何もない。

変わらず、空白のまま。

時絵からの連絡は、一切ない。

今回の騒動、あれだけ大きく報道されているのだから、彼女が知らないはずがない。

なのに──なぜ、何も言ってこない?

なぜか、胸がざわめく。

彼は慌てて時絵の番号を探し、電話をかけようとした。

その瞬間、携帯が震えた。

鶴也の母親からの電話だった。

「すぐに戻りなさい。綾子も連れて」

斉藤家の旧宅にて。

「お前は、いったい何を考えているんだ!」

鶴也の父親は怒りを抑えきれず、怒鳴り声が屋敷中に響き渡った。

「斉藤家の跡取りとして立派な未来があるっていうのに、なんて騒動を起こしてくれたんだ!お前、自分がどれだけ斉藤家の顔に泥を塗ったか分かっているのか!?まったく……」

怒号と共に、手に持った木の杖が容赦なく鶴也の体に振り下ろされた。

綾子は慌てて口を開いた。「おじさんは……本気で私のことを愛してくれてるんです。それに……」

彼女は恥じらうように目を伏せて続けた。「……私は、もう、おじさんの女になったの」

その言葉に、鶴也の父親の目が大きく見開かれた。

信じられないというように、息子を見据えた。

鶴也は黙っていた。

長い沈黙ののち、否定も肯定もしなかった。

その無言の態度に、鶴也の父親の怒りは頂点に達した。「恥知らず!!こんなことをしでかすとは……我が家の顔に泥を塗る気か!書斎に来い!」

父の命令に、鶴也は黙って従った。

書斎に入るなり、頬に鋭い痛みが走った。

平手打ちだった。

「お前、正気か!?綾子とお前の関係を分かってるのか!それで本当に時絵に顔向けできるのか!」

鶴也の父親は、時絵に対して良いイメージを抱いていた。

礼儀正しく、家柄も申し分なく、向上心のある娘だった。

斉藤家の跡取りとして、申し分のない相手だった。

それなのに、今や息子は綾子と関係を持ち、斉藤家を海城の笑いものにした。

彼は深く重いため息をついた。

「……もう、時絵がどれだけお前に尽くしてきたか、忘れてしまったのか?この五年間、彼女はお前と一緒にいるために、自分の好きだった飛行を諦めた。お前のプロジェクトを助けるために、無理して飲み会で倒れて、ICUに運ばれた。あれも、これも、全部お前のためだったんだぞ。全部忘れたのか……?」

「父さん、俺は……彼女を愛してない」

鶴也は、何度も自分自身に言い聞かせてきた。

──自分の心にいるのは時絵ではない。

最初から、今も、ずっと、綾子ただ一人だ。

「……愛していない? そうか、ならば……その覚悟を見せろ。明日、綾子との婚約を発表しろ!」

怒鳴りつけるように言い放ち、鶴也の父親は重々しく書斎の扉を閉めた。

……

斉藤鶴也が、養女である綾子と婚約するというニュースは、すぐに街中へと広まった。

最も喜んだのは、もちろん綾子だった。

ついに、願いが叶ったのだ。

彼女は浮き立つ気持ちを抑えきれず、鶴也を引き連れてウェディングドレスや礼服を選びに出かけた。

しかし彼の心はどこか遠くにあった。

その指先は、相変わらず時絵とのメッセージ画面に触れていた。

──もう三日も経つのに、時絵が携帯を見ていないはずがない。

長いためらいの末、彼はすでに入力済みのメッセージを送信した。

次の瞬間、彼の顔色が一気に青ざめた。

チャット画面には、赤い感嘆符が表示されたのだ。

──ブロックされた!

信じられない想いに駆られながら、彼は慌てて連絡先を検索し、番号を押した。

だが、コール音が二度鳴った後、冷たく機械的な音声が響いた。

「申し訳ありません。おかけになった電話番号は、現在使われておりません」

「申し訳ありません……」

……

鶴也の顔色がどんどん険しくなっていった。

腕をだらりと下げ、呆然と立ち尽くした。

──まさか、時絵が本当に消えてしまったのか?

まるで何かに突き動かされるように、彼は病院へ電話をかけた。

時絵の所在を、確認せずにはいられなかった。

だが、医者の返答はさらに彼を追い詰めるものだった。

「小林さんですか?とっくに退院されましたよ」