――なんで、この人。
放課後。
廊下を歩いていると。
「沙奈」
後ろから、声。
びくっと肩が揺れる。
振り向くと。
九条くん。
「……何ですか」
「敬語やめなよ」
近づいてくる。
「あと、それも」
「……?」
「“九条くん”じゃなくて」
一歩、距離を詰められる。
「湊」
「……え」
「名前で呼んで」
さらっと言う。
「……無理です」
反射的に答える。
「なんで?」
「……そういうの、慣れてないので」
「へぇ」
少しだけ、目を細める。
「じゃあ慣れればいいじゃん」
「……」
逃げたい。
でも。
逃げられない距離。
「呼んでみて」
「……」
「ほら」
視線が、外せない。
「……みなと、くん」
やっと、出た声。
「くんいらない」
「……っ」
「湊」
言い直させられる。
「……湊」
その瞬間。
ふっと、笑った。
「いいじゃん」
満足そうに。
「距離、近くなった」
その言葉に。
少しだけ、怖くなる。
――その様子を。
少し離れた場所から。
神崎くんが、見ていた。
「……は?」
低い声。
気づいたときには。
こっちに歩いてきていた。
「何してんの」
間に入るように立つ。
「別に」
湊が肩をすくめる。
「名前で呼んでもらっただけ」
「……っ」
空気が、張り詰める。
「行こ、沙奈」
神崎くんが言う。
そのまま、手を引かれる。
少し離れた場所まで来て。
「……あいつに関わんな」
低く言う。
「……でも」
「いいから」
強い。
少しだけ、怖い。
「……呼んだの?」
「え」
「名前」
「……はい」
一瞬、沈黙。
「……そっか」
それだけ。
でも。
どこか、引っかかる。
「……神崎くんは」
思わず、聞く。
「いいんですか」
「何が」
「……私が、そうやって呼ぶの」
少しだけ、間。
そして。
「よくねぇよ」
即答だった。
「……え」
「普通に、嫌」
視線を逸らしたまま。
「……っ」
そんなふうに言われたの、初めてで。
「……じゃあ」
心臓が、うるさい。
「どう呼べばいいですか」
一瞬、止まる。
それから。
「……別に」
少しだけ、間があって。
「無理に変えなくていい」
そう言う。
でも。
その声は。
少しだけ、寂しそうだった。
「……蓮」
ぽつりと、呟く。
「……え?」
「呼んでほしいなら」
顔を上げる。
「言ってくれないと、わかりません」
まっすぐに言う。
一瞬。
沈黙。
そして。
「……蓮」
小さく、言った。
「……俺の名前」
「……はい」
「……呼んで」
初めて。
少しだけ、弱い声。
「……蓮」
呼ぶ。
その瞬間。
少しだけ、表情が変わった。
「……それでいい」
ぽつりと、呟く。
その横顔が。
少しだけ。
嬉しそうに見えた。
――名前。
それだけで。
こんなに距離が変わるなんて。
知らなかった。
放課後。
廊下を歩いていると。
「沙奈」
後ろから、声。
びくっと肩が揺れる。
振り向くと。
九条くん。
「……何ですか」
「敬語やめなよ」
近づいてくる。
「あと、それも」
「……?」
「“九条くん”じゃなくて」
一歩、距離を詰められる。
「湊」
「……え」
「名前で呼んで」
さらっと言う。
「……無理です」
反射的に答える。
「なんで?」
「……そういうの、慣れてないので」
「へぇ」
少しだけ、目を細める。
「じゃあ慣れればいいじゃん」
「……」
逃げたい。
でも。
逃げられない距離。
「呼んでみて」
「……」
「ほら」
視線が、外せない。
「……みなと、くん」
やっと、出た声。
「くんいらない」
「……っ」
「湊」
言い直させられる。
「……湊」
その瞬間。
ふっと、笑った。
「いいじゃん」
満足そうに。
「距離、近くなった」
その言葉に。
少しだけ、怖くなる。
――その様子を。
少し離れた場所から。
神崎くんが、見ていた。
「……は?」
低い声。
気づいたときには。
こっちに歩いてきていた。
「何してんの」
間に入るように立つ。
「別に」
湊が肩をすくめる。
「名前で呼んでもらっただけ」
「……っ」
空気が、張り詰める。
「行こ、沙奈」
神崎くんが言う。
そのまま、手を引かれる。
少し離れた場所まで来て。
「……あいつに関わんな」
低く言う。
「……でも」
「いいから」
強い。
少しだけ、怖い。
「……呼んだの?」
「え」
「名前」
「……はい」
一瞬、沈黙。
「……そっか」
それだけ。
でも。
どこか、引っかかる。
「……神崎くんは」
思わず、聞く。
「いいんですか」
「何が」
「……私が、そうやって呼ぶの」
少しだけ、間。
そして。
「よくねぇよ」
即答だった。
「……え」
「普通に、嫌」
視線を逸らしたまま。
「……っ」
そんなふうに言われたの、初めてで。
「……じゃあ」
心臓が、うるさい。
「どう呼べばいいですか」
一瞬、止まる。
それから。
「……別に」
少しだけ、間があって。
「無理に変えなくていい」
そう言う。
でも。
その声は。
少しだけ、寂しそうだった。
「……蓮」
ぽつりと、呟く。
「……え?」
「呼んでほしいなら」
顔を上げる。
「言ってくれないと、わかりません」
まっすぐに言う。
一瞬。
沈黙。
そして。
「……蓮」
小さく、言った。
「……俺の名前」
「……はい」
「……呼んで」
初めて。
少しだけ、弱い声。
「……蓮」
呼ぶ。
その瞬間。
少しだけ、表情が変わった。
「……それでいい」
ぽつりと、呟く。
その横顔が。
少しだけ。
嬉しそうに見えた。
――名前。
それだけで。
こんなに距離が変わるなんて。
知らなかった。



