こちら側の百合園さん【1話からの長編大賞】

「……この前の返事、聞かせてもらってもいい?」

 茂みに身を潜めながら、ごくりと唾を飲み込む。
 この落ち着いた癒し系ボイスは、成瀬琉生だ。話の流れから、おそらく告白の件。
 気になっていた相手は……。

「……手紙で書いてきたので。読んでもらえると嬉しいです」

 ゆ、百合園さんだ。儚げで可愛らしい声は、百合園さんで間違いない。
 怠惰、失望、喪失感などあらゆる感情が体中にのしかかる。
 この日のために、僕は手紙の練習に付き合ったのか。成瀬琉生との恋を成就させるために……。

 ほんとにそれでいいのか?
 なにもしないまま、思いも伝えないまま、百合園さんが成瀬琉生の彼女になっても後悔しないのか?

「ありがとう。早速、読ませてもらっても」

 ニャニャーン、とムタがムササビのようにジャンプして行くのが見えて、気付けば僕も飛び出していた。

「ま、待って下さい」
「……山田くん?」

 驚いた様子の百合園さんと、きょとんとした目つきの成瀬琉生。
 邪魔者で空気が読めていないことは、重々承知の上だ。
 でも、この勢いで言わなければ、僕は一生死んだ目をして生きていくことになるだろう。

 ニャニャーン!
 飛びかかったムタが、手紙を奪って草陰の方へ逃げて行く。「あっ、待て」それを追いかけて、成瀬琉生の姿も見えなくなった。

 空気の読める猫だ。
 舞台は用意された。あとは、己に喝を入れるだけ。