こちら側の百合園さん【1話からの長編大賞】

 こっ、これは……!
 一面に敷き詰められた文字は、もはや文字という原形をとどめていない。
 暗号……いや、なにかの呪文かもしれない。

「山田くんって、字上手なんだね。わたし、下手だから恥ずかしいな」
「いっ、いや……そんなことはない」

 言いながら、手がぷるぷると震えてしまう。写そうにも、なにが書いてあるのか解読出来ない。よって、芯をノートに付けたまま動けないのだ。

「どうしたの? もしかして……余計なお世話だったかな」

 百合園さんが、申し訳なさそうに眉を潜める。

「……山田のヤツ、百合園さんに話しかけられて固まってね?」
「いいよなぁ。俺もノート借りてぇ。めっちゃ字キレイそう」

 外野の視線がうるさくなってきたので、僕はノートを持って教室を出た。
 あのアラビア語のような字をみんなに知られたら、きっと百合園さんは恥ずかしがるだろう。からかわれでもしたら、立ち直れないかもしれない。

 案の定、彼女がついて来た。
 よし、そのままこっちへ。猫が迷い人を案内するように、振り返りながら誘導する。
 誰もいない資料室へ入って、一呼吸置く。ここでなら、人目を気にせず話が出来る。

「山田くん、急にどうしたの?」

 さりげなくドアを閉められて、二人きりになった。
 この静けさが妙にうるさく脳に響く。
 とりあえず教室から離れようとしただけなのに、この密室空間はダメだ。呼吸がもたない。