こちら側の百合園さん【1話からの長編大賞】

「あっれー? 六花ちゃん、傘ないの?」

 後ろから、成瀬琉生がやって来た。
 なんというタイミング。まるで見計っていたような、少女漫画のヒーローじゃないか。

「えっと、あ……はい」

 緊張しているのか、百合園さんの声が小さくなる。
 想いを寄せる相手なのだから、無理もない。

「よかったら、駅まで俺の傘に入ってく?」

 うわー! さらっと言った。これがモテる奴とそうじゃない奴の差か。悔しいけど、これが現実だ。
 さて、いつも通り帰るか。

「ありがとうございます。でも、山田くんが入れてくれるらしいので、大丈夫です」
「……ええっ?!」

 僕の差す傘の中へ、百合園さんが入り込んで来る。
 桃色に染まる横顔が妙に色っぽく感じた。
 もしかして、僕の方が緊張しなくて済むとか……そういうことか?

「お腹痛いんでしょ? 送ってあげる」
「あ、いや……それは嘘で」
「ふふっ、知ってる。わたしも嘘だから」
「……なんだ。まあ、本気にしてなかったけど」

 自然と合わさる歩幅は、少しずつ狭くなっていく。
 駅へ着く時間が少しでも、遅まってくれたら。

「そうじゃなくって」
「……なに?」
「なんでもない」

 目に映る横顔は、まだほんのりと赤らんだままだ。
 深く考えるな。今はただ、こうして彼女と肩を並べて歩けるだけで、奇跡なのだから。