こちら側の百合園さん【1話からの長編大賞】

「あれ? こんなところでなにしてるの?」

 背後から声をかけられて、体がビクッと跳ね上がる。
 振り向くと、頬を桃色に染めた百合園さんが立っていた。風呂から出たばかりなのか、シャンプーのいい香りが鼻をくすぐる。
 事情を話すと、百合園さんが何か考えるポーズをして。

「風袮ちゃん、わたしの部屋おいでよ!」

 ポンッと手を叩いて、行こう行こうと手を引っ張っている。
 よかったな、と胸の中でつぶやいて、僕も部屋へ戻ろうと腰を上げた。
 隣に並んだ百合園さんの唇が少し尖って、チラリと目線が上がってくる。
 な、なんだ?
 素早く瞬きする僕に、子どもが拗ねたような声でぼそりと。

「ふーん、夜のロビーで2人になっちゃうんだ」
「……えっ?」
「明日はクラス行動だね! おやすみ、山田くん」

 いつもの花が咲いたような笑顔が向けられて、胸の前で小さく手を振り返す。

「……おやすみ」

 胸の奥がざわついている。まるでホットコーヒーの中に氷が落とされた気分だ。
 なにか、気に触るようなことしたのかな。
 後ろ姿が見えなくなるまで、意味もなくその場に立ち尽くした。