こちら側の百合園さん【1話からの長編大賞】

「恥ずかしくて、友達にも相談出来なくて。だから協力して欲しいの。わたしを、少女漫画の世界へ連れてって下さい」

 スッと差し出された白い手。ギュッと瞼を瞑る姿は、好青年の告白と通づるものがある。
 切実な気持ちは伝わってきた。でも、僕には彼女を導く知識も経験もない。

「……ぃや……だから」

 言いかけて、悪魔のささやきが聞こえてくる。これは、百合園さんに触れるチャンスなのでは?!
 滅多に巡り会えないチャンスに、やましい心が負けてしまった。
 柔らかなそうな指にチョンと触れた瞬間、ボキボキボキッと手羽先の骨を折るような音がした。

「いっ、いってぇぇぇ!」

 握られた僕の手は、紙クズを丸めたかのように縮こまっている。片手で軽くリンゴを潰す勢いだ。それくらいの握力はあった。
 70キロ、最低でも60キロ。
 高2女子の平均は約26キロ。34以上で優れているに値される。僕に関しては、毎回30程度だぞ。一応、少し反動をつけて一気に力を入れてのそれだ。
 どう鍛えたら、そんなに強くなれるのか。

「あっ、ごめんね! 嬉しくて、つい力が入っちゃって」

 ついというレベルじゃないけど、あえて触れないでおこう。
 エヘッと美少女特権のキラキラしたエフェクトが効いているが、指の方が心配で今はそれどころではない。
 ゆっくりと開いて閉じてと動かせるから、骨に異常は無さそうだ。それにしても……すごかった。
 冷静に手の無事を確認したところで、百合園さんが礼儀正しくお辞儀をする。

「山田くん、ありがとねっ。これからよろしくお願いします」
「……あっ、はい……?」

 反射的に頭を下げて、浮かんだ疑問符が弾け飛ぶ。
 あれ、もしかして、これって承諾したことになっているのか?

「……あのっ!」

 慌てて顔面を上げると、はるか遠くで手を振る百合園六花が目に映った。
 どうやら足も速いらしい。もう豆粒で本人かさえ判断出来ない。

 飛んで火に入る夏の虫。
 どうやら僕は、彼女が少女漫画のヒロインになるため、ヒーロー役に抜擢されてしまったらしい。