こちら側の百合園さん【1話からの長編大賞】

 最後は、体育。
 引き出しから出された教科書に視線をおとして、「……なぜ?!」と心の声が漏れた。

「山田くん、どうしたの?」
「あ……、いや。そんな教科書あったかなと思って」

 きっと、運動神経が良くないんだろう。球技のコツとか走るフォームを……そんなの僕には聞かないだろう!
 頭の中で自問自答していると、シャーペンを持ったまま、百合園さんが動きを止めていた。

「……わたしの字って、やっぱり変だよね」

 ノートに書いてある文字を眺めながら、ぽつりと放つ。

「中学の時ね、仲良かった子に言われたことがあるんだ。何書いてあるか読めない。汚いって。自分では普通に書いてるつもりなんだけど、普通じゃないよね」

 唇に小さな笑みを浮かべるけど、すぐにしぼんで消えて行く。
 ずっと気にしていたのか。
 暗号のような文字に視線を落として、僕は膝の上でこぶしを握る。

「……そんなこと、ない。英語、めちゃくちゃ上手かったし。変えようと頑張ってるの、知ってるから」

 あれ、何を言っているんだ僕は?
 すこぶる恥ずかしくなって来たぞ。
 沸騰した頬に、6月に似合わない冷たい風が吹き付ける。
 百合園さんが窓を向いて、

「……なんか不思議。その一言で、あの時言われたことがどうでも良くなっちゃった。山田くんって、魔法使いみたいだね」

 乱れた髪を耳にかけながら笑みを浮かべた。

「魔法使い……なれるものなら」

 夕日の色に顔を隠して、僕も空を見る。
 そんなこんなで、全く勉強会の意味をなしていなかったけど。
 まあ、本人は満足しているようだし、今日のところはよしとしておこう。