こちら側の百合園さん【1話からの長編大賞】

「ほら、ムタも嬉しいって言ってる」
「えっ、ほんと? そうか、そうなんだ」
「よかったね」

 ひざを抱きながら、クスッと笑う百合園さん。
 一瞬だけ目が合って、ふいっと視線を逸らす。感じ悪かったかな。
 ドキドキしていると、隣から妙な声が聞こえてきた。なにやら、百合園さんが猫の鳴き声をしてムタに話しかけている。

 見つめ合ってお互いに鳴き合う姿は、意思疎通し合っているように感じられて、少しムッとなる。
 じっと見ていたら、僕の方を見てニャーゴと一言だけ発した。この裏切り者。

「……ニャァ」

 思わず出た声にハッとする。つられて猫語になっていた。
 慌てて隣りを見るけど、百合園さんはスマホを見ていて気付いていなかったようだ。
 マヌケな場面を見られずに済んだ。ホッと胸を撫で下ろしたところに、サッと画面が向けられる。

『この子は渡さない!』
 なんだ、このキザな翻訳。

「このアプリ、声マネでも訳してくれるんだね。おもしろ〜い!」
「へっ、まさか、それ……」
「うん? これ、山田くんの心の声だよ〜」

 ……死にたい。
 首がポロリと取れるほど、頭を下げてうずくまる。

「ムタちゃんとの時間邪魔しちゃったもんね。新参者がごめんね」
「……あ、いや」
「でも、山田くんって、やっぱり少女漫画の人なんだねぇ。わたしもこんなセリフ言われてみたいよ〜」
「……ちがう。これは」

 ……誤算なんです。
 それからも、百合園さんはムタとの会話を楽しんでいたけど、僕は昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴るまで、顔を上げられなかった。