スターライトパレード

「この世界に、こんなきれいな景色があるなんて……」

何度思い出しても、そのたびに胸の奥がじんわり熱くなる。
あの時見た景色を、私はきっと一生忘れない。
忘れたくても、たぶん無理だと思う。

この物語は、あの景色に出会う三カ月前から始まる。

週末にはライブやフェスでにぎわう公園の一角に、野外音楽堂がある。
そこが平日はストリートピアノとして自由に使える場所だと知ったのは、つい先週のことだった。

五月の早朝。
森に囲まれた公園は、少しだけ肌寒い。
ひんやりした空気は澄みきっていて、深く吸い込むたびに頭の中まで洗われていくみたいだった。

今日は、高校に入って初めてのテスト初日。
化学と数学。
どっちも苦手だと思うだけで気が重くて、家を出るときからずっと落ち着かなかった。
だから、不安を振り払うみたいにピアノへ向かう。
楽譜はない。何を弾くとも決めず、思い思いのフレーズを指先に任せて、ぽつりぽつりと音を置いていった。

ふと、遠くから子供の泣き声が聞こえてきた。
最初は一人だったはずなのに、気づけば二人、三人と増えていく。
どうやら幼稚園のお散歩中に、誰かが転んじゃったみたい。

……なかなか泣き止まない。

先生の声も聞こえる。
「大丈夫だよ」「ほら、もうすぐ着くよ」って、やさしくあやしているのに、少しだけ焦りが混ざっていた。

……お散歩といえば、あの曲でしょ。

テレビをあまり観ない私でも知っている、有名なアニメ映画のあの曲。
少しテンポを上げて、明るく、軽やかに弾いてみる。
音が風に乗って届くように、泣き声を追い越していくように。

気づいてくれるかな……?

泣き声が、少しずつ減っていく。
代わりに、ぽつぽつと歌声が混ざりはじめた。
一人、また一人と声が重なって、気がつけば小さな大合唱になっている。

フルコーラスを弾き終わる頃には、その歌声も遠ざかっていった。
楽しそうな足音まで聞こえた気がして、思わず小さく息をつく。

……よかった。

楽しいお散歩の、お手伝いができたかもしれない。
ほんの数分でも、泣いていた時間を別のものに変えられたなら、それだけで十分だった。

「うん、私には……誰かの人生の、ほんの少しのBGMになるくらいが、ちょうどいいのかも」

主役じゃなくていい。
舞台の真ん中に立つんじゃなくて、誰かの記憶の端っこに、そっと残るくらいでいい。

それで、十分幸せ。
私なんかが主役になろうなんて、そもそも間違いだったんだ。

「ふぅ……いい感じに頭、冴えてきたかも!」

ストリートピアノって、初めてだったけど、こんなに開放感あるんだ。
屋根はあるのに、ちゃんと空につながっている感じがする。
来たときよりも軽い足取りで、私は学校へと向かった。
……なんだか、テスト、頑張れそうな気がする。