
週明けの営業部は朝から慌ただしかった。
大型商業施設との新規契約案件。
営業部にとって今期最大級のプロジェクトだと聞いていた莉央は、自分にはまだ関係のない話だと思っていた。
「今回の案件担当は白石に任せる」
会議室に響いた部長の声に、一瞬思考が止まった。
「……え?」
思わず小さな声が漏れる。
周囲もざわついていた。
無理もない。
営業部に配属されてまだ1年も経っていない新人に近い社員なのだから。
「部長、本気ですか?」
先輩社員の一人が思わず尋ねる。
「本気だ」
慧は迷いなく答えた。
「サポートはつける。ただし担当は白石だ」
そのまま会議は進んでいったけれど、莉央の頭にはほとんど入ってこなかった。
会議終了後。
資料を抱えたまま慧のデスクへ向かう。
「部長」
「なんだ?」
「本当に私が担当なんですか?」
慧はパソコンから視線を上げた。
「さっきも言っただろ」
「でも……」
不安だった。
初挑戦するにはあまりにも大きな案件。
これでもし失敗なんてしたら……。
迷惑をかけたら……。
そんな考えばかり浮かんでしまう。
「私にはまだ早いと思います」
正直な気持ちだった。
すると慧は小さく息を吐いた。
「白石」
「はい」
「お前は自分を過小評価しすぎだ」
真っ直ぐな言葉に思わず顔を上げる。
「資料作成も顧客対応も丁寧だ。相手の話を聞く力もある」
「それは……」
「俺はできない仕事を任せたりしない」
静かな声……。
でもその言葉には揺るぎない確信がある。
「白石ならできる」
その一言が胸に残った。
「わかりました。やらせてください」
やりきってやる。
そう決心した。
けれど現実は甘くなかった。
案件の準備が始まると、予想以上にやることが多い。
資料作成に市場調査。
合間を縫ってプレゼン準備。
昼休憩を削って取引先との打ち合わせ。
毎日があっという間だった。
自分なりに仕事に向き合い努力していた。
それなのに……。
「いいよなぁ、白石は」
コピー機の前で声が聞こえた。
「部長のお気に入りだから大きな案件任せてもらえて」
振り返ると、先輩社員が苦笑していた。
冗談めいた口調だったけれど。
胸がちくりと痛んだ。
聞こえないふりをしてその場を離れた。
その後の業務はずっと気持ちが沈んでいた。
自分は本当に実力で選ばれたのだろうか。
……恋人だから。
そんなふうに思われているんじゃないか。
考え始めると止まらない。
するとスマホが震えた。
『残業終わったら会議室に来い』
慧からだった。
残業後、誰もいなくなった会議室。
入ると慧が資料を読んでいた。
「お疲れ様です」
「座って」
向かいの席に座る。
ピリついた空気に少し緊張する。
「何かあったな」
「え?」
「顔に書いてある」
見抜かれている。
いつもそうだ。
慧には隠せない。
「……私、本当にこの案件やれるんでしょうか」
ぽつりと本音が漏れた。
「できる」
「でも……」
「白石」
低い声に顔を上げると慧は少しだけ笑った。
「周りが何を言おうと関係ない」
その目は真っ直ぐだった。
「結果で黙らせるしかない」
営業部長らしい言葉。
「その代わり……」
少しだけ声が柔らかくなる。
「困ったら一人で抱えるな」
「……」
「俺もいる」
その言葉だけで、不思議と勇気が湧いてくる。
まだ不安はある。
怖い気持ちもある。
けれど、やってみたいと思った。
この人が信じてくれているなら。
少しだけ、自分も自分を信じてみようと。
そんなふうに思えたのだった。
To be continued

