黒瀬部長は部下を溺愛したい


 白石莉央、25歳。
 この春に入社したばかりで、周囲に馴染めず、慣れない仕事にひとり残っていたある日。
 時計はすでに21時を回っていた。

(もうこんな時間か……あともう少し)

 パソコンと向き合い集中していたせいか、背後からの気配に気付かなかった。

「……お疲れ。これ、食べとけ」

 差し出されたのは紙袋とペットボトルのお茶。
 驚いて振り返るとそこにいたのは、直属の上司で入社当時から存在感を放っていた、営業部のエース・黒瀬慧だった。

「あっ……すみません、私……まだ終わってなくて……」
「知ってる。でも、飯も食わずにやってたら倒れるぞ」

 ごく自然な仕草で莉央のパソコンを閉じてしまう。

「続きは明日。ちゃんと食って、帰ること。それが社会人の基本だ」
「はい……ありがとうございます」

 その言葉が優しくて、でも甘えさせてくれる余地がなくて……ぐっと胸に残った。
 紙袋の中には、莉央の好きそうなサンドイッチと小さなドーナツ。

「……なんでこれ、私が好きなやつ……」

 ぽつりと呟いた声に、慧は少しだけ口元を緩めて言った。

「見てれば分かる……お前、チョコよりクリーム系、よく選んでたろ?」

 そう言ってスタスタと去っていくその背中。

(……ずるい。そんなの、勘違いしちゃうじゃん)

 莉央はその瞬間、静かに心を持っていかれた。

To be continued