「あ、れん? うん、今エレベーター。……えっ? 遅い? ごめんね、違うエレベーターに乗ってみたくて……。もう、そんなに怒らないでよ。すぐ帰るから」
電話の向こうから漏れ聞こえる、冷徹なはずのCEOの、甘やかで独占欲に満ちた低い声。
「え、そこで降りろって?うん、わかった……皆さん、お話してくださってありがとうございました」
頭を下げる葵。
「いつでも案内して差し上げますよ」
「ありがとうございます!」
奥さま方と別れた葵は、云われた通りの階で降りた。
「えっと……れん、降りたよ?」
静まり返ったフロア。
共有エレベーターが開いたその階は、一般住人がまず足を踏み入れることのない境界線だった。
柔らかなカーペット。
無駄のない照明。
そして、人の気配が極端に少ない。
端末を耳に当てながら、葵はきょろきょろと辺りを見回す。
その直後。
エレベーターホールの奥から、足音が響いた。
規則正しく、無駄のない歩調。
現れたのは黒いスーツに身を包んだ男たち。
数名のSPが左右に展開し、その中心を一人の男が歩いてくる。
空気が変わる。
圧が違う。
「……遅い」
低く抑えた声。
それだけで場の温度が一段階落ちた。
「れん!」
葵の顔がぱっと明るくなる。
小走りで近づく。
「なぜ専用機を使わない」
「エレベーターが違うと、景色も違うのかなって思って……」
「却下だ」
即答。
「次からは必ず直通を使え。おまえの位置は常に把握しているが、無駄な移動はリスクだ」
「もう、れんは大げさだよ!」
明るく笑う葵。
佐竹は眩しさを誤魔化すように顔をそらす。
「……行くぞ」
そう言って当然のように、葵の腰を引き寄せる。
その仕草に一切の迷いはない。
完全に自分のものとして扱っている動きだった。
「うん!」
嬉しそうに頷く葵。
そのまま二人は歩き出す。
SPが静かに道を開けた、その先にあるのは最上階専用のエリア。
一方その頃、エントランスでは──。
「可愛らしい方でしたわね。ちょっと浮世離れしていて」
「ええ、あの方なら、うちのメイドとも気が合うんじゃなくて?」
扉が閉まった直後、五十五階の女性はそう言って、勝ち誇ったように喉を鳴らした。
自分たちの「格」を再確認した三人は、満足げに髪をかき上げる。
「あの階、まさか……」
「今のSPの数……」
「上階のメイドさんか何かかしらね?」
しかし彼女たちは知らない。
今、自分たちが背を向けたエレベーターの向こうで、世界の半分を掌握する男が、その「可愛らしい方」を壊れ物を扱うように、かつ独占欲を剥き出しにして抱き寄せていることを。
自分たちが「実家が太いのかしら」と品定めした少女が、実はこの超巨大企業SHTの調和部門を担う研究員であり、同時にこのマンションの「真の主」である佐竹蓮が、生涯をかけて守り抜くと誓った唯一無二の宝石であることを。
電話の向こうから漏れ聞こえる、冷徹なはずのCEOの、甘やかで独占欲に満ちた低い声。
「え、そこで降りろって?うん、わかった……皆さん、お話してくださってありがとうございました」
頭を下げる葵。
「いつでも案内して差し上げますよ」
「ありがとうございます!」
奥さま方と別れた葵は、云われた通りの階で降りた。
「えっと……れん、降りたよ?」
静まり返ったフロア。
共有エレベーターが開いたその階は、一般住人がまず足を踏み入れることのない境界線だった。
柔らかなカーペット。
無駄のない照明。
そして、人の気配が極端に少ない。
端末を耳に当てながら、葵はきょろきょろと辺りを見回す。
その直後。
エレベーターホールの奥から、足音が響いた。
規則正しく、無駄のない歩調。
現れたのは黒いスーツに身を包んだ男たち。
数名のSPが左右に展開し、その中心を一人の男が歩いてくる。
空気が変わる。
圧が違う。
「……遅い」
低く抑えた声。
それだけで場の温度が一段階落ちた。
「れん!」
葵の顔がぱっと明るくなる。
小走りで近づく。
「なぜ専用機を使わない」
「エレベーターが違うと、景色も違うのかなって思って……」
「却下だ」
即答。
「次からは必ず直通を使え。おまえの位置は常に把握しているが、無駄な移動はリスクだ」
「もう、れんは大げさだよ!」
明るく笑う葵。
佐竹は眩しさを誤魔化すように顔をそらす。
「……行くぞ」
そう言って当然のように、葵の腰を引き寄せる。
その仕草に一切の迷いはない。
完全に自分のものとして扱っている動きだった。
「うん!」
嬉しそうに頷く葵。
そのまま二人は歩き出す。
SPが静かに道を開けた、その先にあるのは最上階専用のエリア。
一方その頃、エントランスでは──。
「可愛らしい方でしたわね。ちょっと浮世離れしていて」
「ええ、あの方なら、うちのメイドとも気が合うんじゃなくて?」
扉が閉まった直後、五十五階の女性はそう言って、勝ち誇ったように喉を鳴らした。
自分たちの「格」を再確認した三人は、満足げに髪をかき上げる。
「あの階、まさか……」
「今のSPの数……」
「上階のメイドさんか何かかしらね?」
しかし彼女たちは知らない。
今、自分たちが背を向けたエレベーターの向こうで、世界の半分を掌握する男が、その「可愛らしい方」を壊れ物を扱うように、かつ独占欲を剥き出しにして抱き寄せていることを。
自分たちが「実家が太いのかしら」と品定めした少女が、実はこの超巨大企業SHTの調和部門を担う研究員であり、同時にこのマンションの「真の主」である佐竹蓮が、生涯をかけて守り抜くと誓った唯一無二の宝石であることを。


