暁に星の花を束ねて ─「上の方です」と答えたら、世界の上でした☆篇

「何階ですの?」
「差し支えなければ」
「まあ、無理には訊きませんけれど」

無理には訊かないと云いながら、ものすごく訊いている。
葵は少し困って、指先でバッグの持ち手をきゅっと握った。

「上の方です」
 

その瞬間。
三人の女性たちの目の色が、微妙に変わった。

「上の方って便利な表現ですわね」
「このマンション、上の方だけでもずいぶん幅がありますもの」
「四十階台と五十階台では、景色も資産価値も全然違いますし」

(わ、わぁっ!?もしやこれは……!)

葵は心のなかで叫んだ。

これは研究発表でも理事会でもない。
けれど確実に何かの戦いが始まっている。
巻き髪の女性が、いかにも何気ない口調で云う。

「うちは四十八階なんですの。南向きで、冬の富士山が本当に綺麗で」
「うちは五十二階。主人が外資系ファンドでして、夜景がちょっとした宝石箱みたいですのよ」
「うちは五十五階ですの。角部屋で、メイドルーム付き。まあ、広すぎて掃除が大変ですけれど」

最後の一言に「広すぎて困る」という上級マウントが滲んでいた。
葵は心の中で

(うんうん、すごいよ!わかる!! わたしだって、れんがいなかったら、こんなにすごい所に住めなかったもん)

と純粋に感心していた。
本当に感心しただけなのだが、それが逆に癇に障ったのかもしれない。

「あなたは? 階数を押して差し上げますわよ」

三人の視線が揃って葵に注がれる。
逃げ道のない問いだった。
 

「え?えっと……」

葵は正直に答えようとした。
だが、その瞬間、表示パネルが点灯する。

六十階。
六十一階。
六十二階。

女性たちの会話が、ぴたりと止まった。
共有エレベーターが止まる階数ではない。
通常、このあたりより上に行く住人はほとんどいない。

「あの、実は……いつもと違う風景を見たくて、このエレベーターを使用したんです」

嘘ではない。
しかし女性達の上から心をくすぐる答えだ。
葵は超高層マンションの上階に憧れる女だと認識される。

「まあ……」


巻き髪の女性が、手を広げるような優雅な動作で口元を隠した。

その瞳には、隠しきれない優越感がこれでもかと溢れ出している。


「風景のためにわざわざ? 可愛らしいこと。やはり、下の方の階だと視界が遮られてしまうのかしら」
「無理もありませんわ。このマンション、中層階以下だとお向かいのビルと『こんにちは』してしまいますものね」
「四十階以上でないと、本当の『空』は見えませんもの」


三人の女性たちは葵の言葉を「低層階の住人が背伸びをして、上層階の景色を覗き見に来た」と解釈した。

一気に緊張が解け、彼女たちの声には慈悲すら混じり始める。


「いいのよ、恥ずかしがらなくても。若い方には、こういう刺激も必要ですわ」
「五十五階の我が家、一度お見せしましょうか? メイドに紅茶でも淹れさせますけれど」


マウントの頂点に立ったと確信した彼女たちの言葉が、葵の頭上を心地よく(?)通り過ぎていく。
葵は「わあ、紅茶! 飲みたいかも!」と純粋な喜びを見せようとした。


その時、葵のスマートフォンが震える。
画面には『Ren』の文字が浮かんでいた。

おずおずと電話に出る葵。