とりあえず、破けたカーテンは全て縫い繋ぎ、窓からの光を遮るものにするという当初の要望は満たした。
現在、リビングの残りのカーテンの刺繍に取り掛かっている。
そして前と違うのは、二階の部屋ではなくリビングで作業しているということだ。
作業部屋と寝室を一緒にしてしまうと時間を忘れ朝まで作業してしまうのと、かなり散らかしてしまうため、二階の部屋はちゃんとした寝室として使うことになった。
リビングのソファーに座り、カーテンに刺繍を施していく。
「なんでこの模様にしたんだ?」
私の足元に寝転ぶもふもふ姿のライアン様は隠れていた初日とは違い、よくこうしてリビングで作業する私の側で何をするわけでもなくゴロゴロしている。
ただ、その目線はいつも雪の結晶の刺繍を入れたカーテンに向けられている。
「特に理由はないのですが、この部屋の雰囲気に合うかなと思いまして」
「ふーん。いいセンスしてるな」
ライアン様はしっぽをソファーの上にポフッと乗せた。
これは撫でて欲しい時の合図だ。
私は少し手を止め、針を持っていない方の手で優しくもふもふする。
「怪我してるからってそれはずるいよ」
「あ、お帰りなさい」
ウィリアム様が仕事から帰ってきた。
いつも夜に出掛けて行き、夜明け前には帰って来ていたらしいが、今は昼過ぎだ。
現在ライアン様が怪我で行けない分ウィリアム様が忙しいらしい。
何をしているかは秘密にさせてと言われているため、聞くことは出来ない。
「怪我人は労られて当然なんだよ」
「そんなに元気なら早く戻ってきて欲しいよ」
最近、何度かこんなやり取りをしている。
言い合ってはいるが、仲の良い兄弟だと思う。
二人の会話を聞きながら作業を再開する。
雪の結晶の模様を随分と気に入ってくれたようで、全てのカーテンを雪の結晶の模様にすることになった。
他の部屋や廊下はそこの雰囲気に合わせて模様を変えてみてはどうかと提案したが、ライアン様に絶対雪の模様にしろと言われた。
――パチンッ
「二枚目完成しました!」
手に持ったカーテンを広げながら立ち上がる。
「よし、ウィリアム吊るせ」
「もう、人使い荒いなあ」
そう言いながらもウィリアム様は私からカーテンを受け取り、二ヶ所ある窓の一枚目が掛かっている窓に吊るした。
一つの窓がまるで雪の世界を映し出しているような幻想的な雰囲気を醸し出している。
「我ながら良い感じにできたと思います」
カーテンを眺めながら自画自賛する。
「うん。本当に綺麗だね。ありがとう」
「ああ。なかなかやるな」
ライアン様は窓の前に行くと背中をピンと伸ばし、お座りをした状態でカーテンをじっと見上げる。
「ライアン、えらそうだよ。本当は嬉しいんでしょ。懐かしくて」
「懐かしい?」
「僕たちの母の出身が雪国でね。幼い頃はよく母の故郷で過ごしてたんだ。それに、これに似た模様の洋服を母はよく着てた」
ライアン様がこの模様にこだわっていた理由は、母との思い出の場所と思い出の模様だったからなんだ。
意外と可愛いところもある。
「ウィリアム、余計なこと言うなよ」
ライアン様はお座りをしたままウィリアム様の足をしっぽでペシペシ叩いている。微笑ましい様子に思わず笑みが溢れる。
「教えていただいてありがとうございます。残りのカーテンも頑張りますね!」
けれど、問題があった。これ以上は進められない。
図々しいだろうかと思いながらも遠慮がちにウィリアム様にお願いする。
「実は、もう持っていた刺繍糸がなくなりまして、よければお給金を少し先に頂けないでしょうか。街へ買いに行きたいのです」
そう告げるとウィリアム様は驚いた顔をした。
やはりお給金を先にくれだなんでまずかっただろうか。
「ごめんっ! 気付かなくて。この糸、セレーナのものを使ってくれてたんだよね。本当にごめん」
申し訳なさそうに頭をさげるウィリアム様にこっちが申し訳なくなる。
「いえ、勝手に始めたのは私なので! 頭を上げて下さい」
「買いに行こう。もちろん僕が払うよ。それと、給金も必要だったらいつでも渡すからね」
「ありがとうございます」
さっそく、ウィリアム様と街へ買いに行くことになった。
仕事終わりで疲れているはずなのに付いてきてくれるという。
正直、今まであまり街に出掛けることはなかったので案内してくれるのはありがたい。
屋敷のある丘を下り、住宅街を抜けると雑貨、服飾、食料品、様々なものを売っている商店街に入る。
幼い頃に亡くなった母と来た以来初めての街は、人やものが溢れかえり活気に満ちたキラキラした場所だった。
ウィリアム様に案内され、一軒の洋装店へと入る。
店の中にはたくさんの種類の生地や糸がところせましと並べられている。
「ウィリアム様、すごいですね! こんなにたくさんの種類があるなんて知りませんでした」
刺繍糸が並べられた棚の前で私は興奮していた。
「今まで糸とか道具はどうしていたの? 元々持っていたもの?」
「道具は母が使っていた物を使っています。糸はなくなれば家の執事が買ってくれていました」
そういえば、執事のローガンはいつも父の言いなりだったのに、何故か刺繍糸だけは頻繁に買ってくれていた。
ちょうどなくなりそうなタイミングで、次はどんな糸を買ってこようかと聞かれるのだ。
「優しい執事なんだね」
「そう、ですね……」
今思えば少し不自然な気もする。普段、私のことはいないものとして扱うのはローガンも同じだった。
だが、そんなこと今さら考えても仕方ない。
それよりも、今目の前にある色とりどりのキラキラした糸が魅力的すぎる。
並べられた糸を食い入るように見る。
「カーテンに使うものもだけど、他に欲しいものがあれば一緒に買って良いからね」
「本当ですかっ!?」
勢いよく顔を上げ、思わず声をあげてしまう。
やっぱりお給金を前借りしようかと考えているところだった。
「それくらいいいよ。好きなの選んでね」
「ありがとうございます!」
お言葉に甘えてカーテン用に使う糸の他にいくつか買ってもらった。
初めて見る種類の糸があり、たくさんの中から迷い悩みながら選ぶことがすごく楽しかった。
買ってもらった糸が入った紙袋を抱えご機嫌で店を出る。
「ウィリアム様、本当にありがとうございます」
「どういたしまして。残りのカーテンもよろしくね」
「はい!」
ウィリアム様と話をしながら街を歩いていると、少し先に見慣れた人物がいた。
楽しい時間を過ごしていたのに急に熱が冷めていくのを感じる。
傷痕が疼くような感覚になり、立ち止まって胸元をぎゅっと握った。
「セレーナ? どうかした」
様子のおかしい私に気が付いたウィリアム様が心配そうに顔を覗く。
「あら? お姉さまじゃない」
綺麗なドレスに身を包んだアリスが不適な笑みを浮かべこちらに近づいてくる。
それは私から何かを奪う時の嫌な顔だった。



