朝食の準備ができたと言うウィリアム様についてダイニングへと向かう。
途中、キッチンの前を通ったがやはり誰かがいる様子も使われている様子もない。
どこでどうやって準備されているのだろうか。
ダイニングへ入ると、テーブルの上には朝食とは思えない豪勢な食事が並べられている。
「どうぞ座って」
「はい、ありがとうございます」
ダイニングもカーテンはビリビリで壁も傷だらけだが、テーブルと椅子だけは綺麗だ。
取り替えたと言っていたが、それこそどこから持ってきたのだろう。
謎が深まるばかりだが、ウィリアム様はにこにこしながら椅子に座る。
「食べようか」
「はい、いただきます」
昨日の夕食同様、手の込んだ料理は本当に美味しい。
「このお食事はどなたが作ってらっしゃるのですか?」
「ああ、これは弟が作ってるんだよ」
「弟さんがいらっしゃるのですか? 全然気が付きませんでた」
「そうなんだよ。ちょっと人見知りでね。機会があれば紹介するよ」
「はい。とても美味しいですとお伝え下さい」
「わかった。美味しいって言ってもらえて弟も喜ぶと思う」
弟さんがいる気配も料理を作っている気配も全くしなかった。
私が鈍いだけなのだろうか。
「あの、昨日の夕食の食器をキッチンに片付けておいたのですが、良かったでしょうか」
「そうなんだね。わざわざありがとう」
やはりあのキッチンについては何も言わない。
いろいろと聞きたい気持ちを抑え、朝食を食べた。
「ごちそうさまでした」
話を聞く限りこの家は弟さんはいるが、使用人はいないのだろう。
食器くらいは片付けようと食べ終えたお皿を手に持とうとした時、ウィリアム様に止められた。
「食器はそのままにしておいてね。後で片付けるから」
「ですが、これくらいはさせて頂かないと……」
「大丈夫だよ。それよりさ、リビング見ておいでよ。君が刺繍してくれたカーテン、リビングの雰囲気にもよく合ってるしすごく綺麗なんだ」
それは凄く気になった。私の身長よりも大きなカーテンは広げて見るだけでは全体像がわからない。
あとの三枚のカーテンをより良くするためにも見ておきたい。
「わかりました。それではあとよろしくお願いします」
ウィリアム様に頭を下げダイニングを出て行く。
そのままリビングへと向かいドアを開けると、正面の窓に私が刺繍したカーテンが吊るされているのが目に入る。
「わぁ」
想像していたよりも綺麗だった。カーテンの掛けられていない残りの窓から射し込む光で、雪の結晶が反射し、キラキラと輝いている。
「これ、あんたがしたの?」
「え?」
どこからか声が聞こえる。部屋を見渡すが誰もいない。
一歩、部屋の中へ足を入れる。
すると目の前にあるソファーの背もたれから、グレーの尖った耳がちらりと見える。
恐る恐るソファーの前に回り込むと、そこには体を伏せたまま顔だけを上げ、じっとカーテンを眺める毛並みの良いもふもふのオオカミがいた。
覗き込んだ私とオオカミの目が合う。
「オ、オオカミ!?」
「オオカミ?」
「喋った!?」
「喋るぜ」
オオカミはぴょんっとソファーから飛び下りると、私の足元でお座りをする。
ふんっと鼻をならしながらオオカミは笑う。
するとオオカミは体から光を放つ。
――ボンッ
その瞬間、裸で胡座をかいている人間の男性になった。
「き、きゃあーー」
「なに?! どうしたの!?」
私の悲鳴を聞いてウィリアム様が急いでリビングに入ってくる。
ウィリアム様は私の足元で座る男性を見て怒鳴り声をあげた。
「ライアンッ!!!!」
――――――――
私の目の前には今、ウィリアム様と先ほどの男性が座っている。
もちろん、服は着てきた。
「ごめんね。びっくりしたよね」
ウィリアム様は申し訳なさそうに謝ってくる。
「いえ。いや、はい。驚きました」
オオカミが喋り、突然人間になったのだ。驚きもする。
これは前世の記憶を思い出してから気にするようになったことだが、この世界は魔法というものはない。
正確に言うとなくなった。
大昔は魔力という不思議な力が存在したらしいが、様々な技術や生活水準の向上により必要なくなったため消えていったと言われている。
なので前世でも現世でも不可解な現象というものを見たのは初めてだった。
「こいつはライアン、弟だよ」
「ライアン様……はじめましてセレーナ・カーソンです。あの、お食事を作ってくれた……」
「それはもう一人の弟だよ」
「あ、違うかた……」
もう、頭がついていけない。ここの人や食事や物は一体どこにいてどこから出てくるのか。
それになんだったのかあの姿は。
「なあ、オオカミってなんだ?」
「え?」
ウィリアム様の隣で黙っていたライアン様が興味津々に聞いてくる。
「俺のあの姿を見てオオカミって言っただろ」
そうか、この世界ではあれをオオカミとは言わないんだ。そういえばオオカミをこの世界で見たことはない。
いや、前世でだって直接オオカミを見たことなんてない。本やテレビで見て知っているだけ。
「えっと……先ほどのもふもふした、大きな犬のような、動物のこと? ですかね」
「この姿をした動物を知ってるの?」
ウィリアム様も意外そうに尋ねてくる。
「知っているというか……昔? 本で見たことがある、と思います」
なんとも歯切れの悪い返事をしてしまった。
それに、パッとみてオオカミだと思い、思わず口にしてしまってがあの姿が本当にオオカミなのかどうか不安になってくる。
「それは何ていう本? どこで見たの?」
えらく食い下がってくる。
「えっと……かなり昔のことであまり覚えていないというか、本に出てきたオオカミに似てるなというだけで、あまりよくわかりません……」
「そうなんだ。しつこく聞いてごめんね」
ウィリアム様はがっかりしたように肩を落とす。
「いえ。あの、もしかしてこのカーテンなどはライアン様が?」
「そうなんだよ。本当、困ったもんで」
ウィリアム様は小さくため息を吐きながらライアン様を見るが、ライアン様はなぜか笑っている。
「あのカーテンの模様いいな」
おもむろにカーテンを褒めてくる。
「ありがとうございます」
「屋敷全部のカーテンに入れろよ」
「え?」
「ライアン、それは彼女にとって負担だよ」
ウィリアム様は反論してくれているが、刺繍をすること自体は苦ではない。むしろ楽しいくらいだ。
ただ、全部のカーテンをするとなるとかなり時間がかかる。
「お時間かかっても良いのならさせて頂きます。でもその前に新しいカーテンが出来上がるのでは……」
「そんなもんはキャンセルだキャンセル。新しいものを掛けるつもりはない」
私はウィリアム様の方を見る。たぶん、決定権はウィリアム様にあると思ったから。
「……………じゃあ、お願いしようかな」
少し悩んだようだったが任せてもらえることになった。
「はい! とりあえず、破けたカーテンを全部縫ってしまいますね。それから順番に刺繍を入れていきたいと思います」
「うん、ありがとう。よろしくね。給金はちゃんと上乗せするから安心してね。あと、出来上がるまでこの屋敷で自由にしてくれていいから」
お給金のことは頭になかったが、上乗せしてくれるのはありがたい。
「食事も毎食用意するからね」
「ありがとうございます」
なんて条件の良い仕事なのだろう。
好きなことができて、食事と寝所付きなんて。
ただ、しばらくこの家に滞在する上でどうしても知っておきたいことがある。
「あの、お尋ねしたいことがあるのですが――」
聞いてはいけない雰囲気を察しながらも、聞かずにはいられなかった。



