「セレーナ、そろそろ終わったら?」
ウィリアム様に声をかけられて初めて集中し過ぎていたことに気付いた。
どれくらいの時間がたったのかもわからない。
「つい、夢中になってしまいました」
「やっぱり一緒にいて正解だったね」
「すみません」
私がこんなだから皆さんが心配するのだろう。しっかりしなければ。
「もう、休もうか」
「はい。お付き合い頂いてありがとうございました」
私はきりのいいところで手を止めるとカーテンを軽く纏めて立ち上がる。
すると抱えきれなかったカーテンを踏んでしまった。
「あっ」
「セレーナっ」
ウィリアム様は転んでしまいそうな私の腕を咄嗟に掴んで自身の腕へ引き寄せた。
「ありがとうございます」
「気を付けてね。カーテンは僕が持つよ」
そう言われカーテンを手渡すと、腕を掴まれた時に服がはだけたのか胸元の傷跡が見えていることに気付く。
ウィリアム様の視線は傷痕に向けられている。
「っ……」
私は急いで胸元を掴むが、初めて見られた傷痕に言葉に表せない焦りを感じ顔を上げることができない。
そんな私にウィリアム様は何も言わず、そっと抱きしめると包み込むように優しく頭を撫でてくれる。
気にしていないつもりだった。嘆いても仕方がない。私はこの傷痕を受け入れて一生生きていくと割り切っていたつもりだったのに。
何も言わないウィリアム様の優しさが嬉しくもあり、切なくもある。
「すみません」
「謝らないで」
ウィリアム様はそのまま黙って頭を撫でてくれた。
私もその温かさに甘え体を委ねていた。
暫くそうした後、どちらからともなく体を離す。
「寝ようか」
「はい」
私は二階の寝室へ行き、ウィリアム様は地下へと戻って行く。
いつもならベッドに入りすぐに眠りにつくが、その日はなかなか寝付けなかった。
――――――――――
「あの!」
「あ、はい。あなたは昨日の」
エタンセルでの仕事を終え帰っている途中、昨日ぶつかりそうになり水をかぶった男性に声をかけられた。
「これ、ハンカチ洗いました。あと、昨日のお礼です!」
そう言ってひまわりの花を一本差し出してくる。
「お礼ですか? わざわざそんな……」
「うちのお店の花なので気にしないで下さい」
男性が指差したのは、エタンセルに行く路地を少し通りすぎた先にある花屋だった。
店頭には様々な種類の花が並んでいてカラフルで綺麗な花たちに思わず見惚れる。
そして私はそれを見て、花の刺繍をする時の参考になると思った。
この世界には写真というものはなく、私がいつも見ている図鑑も全て絵だ。そして絵画ではないため白黒だ。
やはりちゃんと実物を見て色を決めたいし、花言葉も色によって違ったりする。
「お花ありがとうございます。もしよろしければ、少しお店に立ち寄らせて頂いてもよろしいですか?」
「はい! ぜひ!」
男性は嬉しそうにお店の方へ歩いて行く。私は男性の後ろをついて行った。
「あの、俺カールといいます。お名前聞いてもいいですか」
「セレーナです」
「セレーナさん! いいお名前ですね」
「ありがとうございます」
そんなやり取りをしている間にすぐお花屋さんに着いた。
お店にはひまわりやチューリップ、ユリやキキョウなど季節の花がたくさんある。
「あの、すみません。購入するわけではないのですが、メモをとらせて頂いてもいいですか?」
「もちろん、いいですよ」
私はポーチから紙とペンを取り出す。
絵は得意ではない。なので花の名前と色、特徴などを文字でメモしていく。
このメモと白黒の図鑑があれば随分イメージも沸くだろう。
「そのメモ、何かに使うんですか?」
「お花の刺繍をする時に参考にしようと思いまして」
カールさんはメモを取る私の横で不思議そうに見ている。
花を見ながらこんなふうにメモを取る人なんてそうそういないだろう。
「もしかして、昨日のハンカチの刺繍もセレーナさんがされたものですか?」
「そうですよ」
「すごいです! とても綺麗なハンカチだと思っていましたが、まさかご自分でされていたなんて」
なぜかカールさんが興奮しているが、褒めてくれるのは純粋に嬉しい。
「ふふ、ありがとうございます。路地を入ったところの雑貨店で商品を売っていますので良ければ来てくださいね」
「はい! 絶対に行きます」
話をしながら花のメモをとっているとまた時間を忘れていた。
気が付くともう辺りは薄暗い。
まだ全部の花のメモをとり終わってはいないがそろそろ帰った方がいいだろう。
「あの、今日はそろそろ帰ろうと思うのですが、また立ち寄らせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「もちろんですよ。いつでもいらしてください!」
「はい。ありがとうございました」
私はカールさんに見送られお店を出ようとすると、入り口には息を切らし、少し汗ばんだウィリアム様が立っていた。
「セレーナ」
「ウィリアム様」
眉間にシワのよったウィリアム様の表情は、怒っているようにも困っているようにも見える。
「こんな時間まで帰って来ないから心配した」
ずっと探してくれていたんだ。今まで寄り道なんてしたことはなかったのに急に遅い時間まで帰らなかったら心配もするだろう。
「すみません」
次からは気をつけようと決め、ウィリアム様に頭を下げて謝る。
「うん。帰ろう」
ウィリアム様が手を差し出してくるのでその手を取ろうとした時、カールさんに呼び止められた。
「セレーナさん、忘れ物です」
メモを取っている間カールさんに預けていたひまわりをそのまま置いて帰るところだった。
そしてカールさんはウィリアム様に視線を向ける。
「セレーナさんの、恋人ですか?」
「いえ……この方は恋人ではありません」
「そうですか! よかった」
「よかった?」
ウィリアム様はすごく怪訝そうな顔をしてカールさんを見る。
カールさんはそんなウィリアム様の表情を気にすることはなく、私にひまわりを差し出す。
「一本のひまわりには一目惚れという意味があります! 俺の気持ちです!」
元気良く伝えてくれたが、その意味は知っている。花言葉を意識して送ってくれたかどうかもわからなかったし、あえて知らない振りをしていたのに。
私は苦笑しながらひまわりを受けとると、カールさんに頭を下げお店を後にした。
帰り道、ウィリアム様は黙ったまま何も話さなかった。



