キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる


 「ありがとうございました」
 
 嬉しそうに紙袋を抱え、お店を出ていくお客様に頭を下げる。
 エタンセルで働きはじめて数ヶ月が経ち、仕事にもだいぶ慣れてきた。

 お店には私が作った商品も複数並んでおり、想像以上の売り上げに少し自信がついてきている。
 最近はハンカチだけでなく、巾着やバレッタなども作り刺繍を施したものを売っている。
 特に女性にはバレッタが人気だ。
 夜会などにつけるような銀細工の華美過ぎるものではなく、普段使い出来る可愛らしい刺繍のバレッタは贈り物にもよく選ばれている。
 
「あの、すみません」

「はい」

 先ほどのお客様を見送った後、お店で商品を選んでいた少女が声をかけてきた。 

「友人が以前このお店でバラの花の刺繍がされたハンカチを買ったと言っていたのですが、それはもうありませんか?」

 バラの刺繍のハンカチも私が作ったものだが、全て違う刺繍をしているため、同じものはない。

「すみません、基本的に一点ものなのです。お時間頂ければお作りしますが……」

「本当ですか? お願いします!」

 少女は安心したように柔らかく微笑む。

「どなたか思いを寄せる方にプレゼントされるのですか?」

 以前、バラの刺繍のハンカチを買っていった子は好きな男の子に告白するのだと言っていた。

「はい。と言っても私は友人のように告白するつもりはないのです」

「そうなのですか?」

「彼、隣国へ留学に行くのです。出発前に告白して困らせたくはなくて。でも、せめて私の想いがこもった贈り物をしたいと思ったのです」

「そうですか……」

 想いを寄せる相手にプレゼントしたいのはわかる。けれどバラのハンカチを渡せば告白したも同然になるのではないだろうか。

「あの、よろしければバラではなく違った刺繍を入れることもできますよ。数種類のものを組み合わせることもできますし」

 すると少女は少し困った顔をして私を見る。

「実は彼、お花とか女性っぽいものはあまり好きではないのです。でも他に思いつかなくて……男性に贈るにはなにが良いと思いますか?」

 旅立つ彼に贈る想いのこもったハンカチ。それでいて女性っぽくない、男性が持っていても不自然ではない柄……
 私は思いついたものを少女に提案した。

「はい! ぜひそれでお願いします!」

「わかりました。いつまでに必要ですか?」

「明後日の朝に出発なので出来れば明日には……」

「明日?!」

 こんなに急ぎだとは想像していなかったが、今日一晩頑張れば大丈夫だろう。

「わかりました。明日にはお渡しできるようにします」

「ありがとうございます!」

 少女は嬉しそうに頭を下げてお店を出て行った。

 少女を見送ると、カウンターの奥の作業場からマスターが優しく微笑みこちらを見ていることに気付く。

「あの、勝手に話を進めてすみません」

「いいんだよ。セレーナさんの思うようにしてくれて」

「ありがとうございます」

 マスターはいつも私に好きな物を作って良いと言ってくれている。
 ハンカチしか縫えなかった私はマスターに巾着の縫い方やバレッタ金具に付けるための処理の仕方などを教わった。
 そしてそれらに刺繍を施していく。
 今は革製品の作り方を教わっている。
 革は縫う前に目打ちをしなければならずそれがまた難しい。目の幅を均等にすることも刺繍したい柄に合わせて目打ちしていくのこともまだ上手くはいかない。
 それでも少しずつ、着実に技術が身に付いていっていることを実感していた。

――――――――――

 その日の夜、私はリビングのソファーで少女のためのハンカチを刺繍していた。
 もうだいぶ遅い時間だが、なんとか明日までには間に合いそうだ。

「セレーナさん、こんな時間までやってるの?」

 アレン様がリビングに入ってきた。
 ウィリアム様とライアン様は仕事に行っている。
 私はよく時間を忘れ夜遅くまで作業してしまうことがあるため、屋敷に残っているアレン様が様子を見に来る。

「はい。明日お渡しする商品でして」

「そっか。屋敷のをしてるんだったら止めさせようと思ったけど、それなら仕方ないね」

 アレン様はそう言うと私の隣に腰掛けた。

「あの、私のことは気にせず休んで下さいね」

「うん。ここで休もうかなと思って」

 するとアレン様はオオカミの姿になり、ソファーの上で体を丸める。
 夜、時々こうしてアレン様と過ごす。頭をこちら側に向け私が刺繍しているのをよく見ている。

「セレーナさん、肩はもう大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ。あれから何ヵ月たったと思ってるんですか」

「でも、痕が残るだろうって」

 確かに傷痕は残っている。三人に見せたことはないが、皮膚が盛り上がり一見痛々しくも見える。
 だが、胸元の傷に比べれば大したことはない。

「気にしないでください。本当に大丈夫なので」

 アレン様は悲しそうな表情をして私の膝にそっと顔を乗せた。
 きっとアレン様は私が怪我をしたことに一番責任を感じている。
 私は心配いりませんよと、もふもふの頭を何度も撫でた。
 アレン様は私が終わるまでここにいるつもりだろう。

 真っ白で可愛いもふもふに癒されながら作業を続けた。

 少女のハンカチが完成したのは日が昇る少し前だった。
 
 アレン様は私の膝の上で眠っている。
 重くないかと言えば少し重い。けれどそれ以上に癒しの効果がある。
 部屋に戻って少し寝ようかと思ったが、アレン様を起こすのも申し訳ないなとソファーでそのまま眠ることにした。

 座ったままソファーの背にもたれていたが、意識が遠のくにつれだんだんと横に倒れていく。
 そしてもふもふの背中に埋まり私は完全に意識を手放した。