家庭教師ひかるの甘い個人レッスン

 秘密の花園では、百合の花に香る甘い香水のかおりに、惹き寄せられる精霊が
 二人の濃密な時を作り出している。
 
 花の蜜は精霊に魂を与えて、愛のともしびとなる。
 理性は恋心に勝てず、言葉は感情を持ち始めていよいよ愛へと姿を変え始めていた。
 二つの精霊は愛の言葉をかわし、時に欲情して誤りを犯す愛もある。

 いつも通りの個人レッスンを書斎で受けていたひかると和夫は、連日の授業が終わった後にも愛の授業が続くのであった。
 
 それは二人だけの愛を試すための密かな愛蜜の香りがする。
 愛の授業は二人だけの午後の密かな甘い青春の味であった。

 和夫「ひかる」
 「離さないよ」
 ひかる「うん」

 和夫は強くひかるを抱き寄せた。
 混じり合う体がひかると和夫に愛の温かみを与え、育む幸せはどこまでも続くのであった。
 
 ひかる「私あなたの温もりがうれしい...」
 触れ合う体はワイシャツの上から柔らかいひかるのふくよかさを体感していた。
 
 柔らかくて丸みを帯びたしなやかな百合の花は、硬くて丈夫なちからづよい天使に委ねていた。

 ひかる「わたし心地いいわ...」
 和夫「僕もさ...」

 ひかるは抱き寄せられる自分に満足だった。
 それは女性としての愛で男性を満たせるからであった。

 ひかる「和夫、いつまでも私のそばにいて」
 和夫「ひかるだけが欲しいんだ」

 二人は愛を交わし、幸せの絶頂にあるかのようであった。
 しばしの濃厚な愛は、ひかると和夫の愛の夢の世界になった。

 和夫「ひかる...」

 ひかるはすこし泪ぐんだ。

 ひかる「和夫...」

 和夫はさらに息を高めた

 互いの名前を呼び合い、さらに深く強い抱擁を続けた。

 ひかるの体は小さく震えていた。
 それを庇(かば)うかのように和夫は頬擦りした。
 
 ひかるの和夫を抱きこむ腕はさらに強く和夫を引き寄せた。
 ひかるの耳元で和夫は接吻し、ひかるはそれに応えた。

 ひかる「わたし、心配よ」
 ひかる「この愛が消えないか」

 いつまでも続けようとするひかるは、和夫にさらに深い愛を訴えた。
 それはひかるの愛が途絶えないように。

 和夫「大丈夫」

 ひかる「和夫…私、このままでいたい」
 ひかる「もっと...欲しい…」
 
 和夫「わかってるよ...」

 ひかるは秘密の花園で愛の蜜を与えて、その愛蜜を味わうミツバチの欲求を満たしていた。
 ミツバチをひきよせる蜜の香りは、いつまでもひかるの幸せな愛の欲求を続かせた。
 
 ひかるの欲望は尽きることがなく、和夫の愛情をさらに引きだしている。

 ひかる「私、今は幸せよ、こうやって秘密の時を過ごしているもの」
 ひかる「でもこれは二人だけの秘密よ」
 
 和夫「誰にもわからないって」
 和夫「約束する」
 
 ひかる「この愛が終わらないって誓って…」

 二人の愛の熱情はともしびに与える愛のはかなさゆえに、消えやすい灯りのようにゆらゆらとゆらめく、淡い炎のように思える。
 淡い刹那(せつな)の炎はひかると和夫の愛の抒情歌に濃淡を与え、静かに消えるかのようである。

 二人だけの甘い蜜の味のする個人授業はこうしてすぎていくのだった。
 書斎の中の白い百合の花は、蜜をたくさん受けて、愛で溢れるかのようである。

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 翌日の午後、和夫が昨日の復習をしようと、和夫の書斎の椅子に座ると、机の上になにやらメモ書きが残されているのに気づいた。

 メモの内容は、こうであった。
 「今日の午後、授業が終わったら私の書斎に来なさい」

 「必ず和夫一人で来ること」
 「父より」

 和紙で作られた便箋に、万年筆で清書してあった。
 清書するとき少し焦っていたのか、文章の最後の方の文字のインクが、少し滲(にじ)んでいた。

 午後の授業が終わり、しばらくして和夫は父の書斎のドアをノックした。
 ドアのノック音「トントン」

 父「どうぞ、入っていいぞ」

 立派な樫の木で作られた大きな書棚や、落ち着いたオークの床は物静かで落ち着いた雰囲気を感じさせた。
 和夫の父は、樫の木でできた大きな執務用の机に、無言で座っていた。

 和夫がおもむろに
 和夫「お父さん、何かあるの...」

 少し間をおいて、ゆっくりとした口調で

 父「そろそろ婚約を考えなさい」
 父「神田山(かどやま)家も私が歳をとってきている」

 父「そろそろ和夫にも結婚相手が必要だと思ってな」

 父「ここに神田山(かどやま)家と相性の良い名家の結婚相手のプロフィールがある」

 名家の結婚相手の経歴や写真などが記録されているお見合い用の豪華なアルバムが
 3通用意されたいた。

 父「これから和夫のお見合いの相手の縁談を進めたい」
 父「どの令嬢も和夫にふさわしいいいお嬢さんだ」

 父「きっと和夫に気に入ってもらえるに違いない」

 アルバムを開いて和夫はじっくりとプロフィールに目を通した。

 和夫「どういう経緯で選んだのですか」
 父「全て神田山(かどやま)家の経営政策に合っている名家のお嬢さんだ」

 「和夫がこれから神田山(かどやま)家を引き継いでいく上で、最も有望と判断した」
 「和夫とやっていく上で和夫にふさわしい、いいお嬢さんばかりだ」

 和夫「政略結婚...ですか」
 父「そうだ」

 父「これからは和夫にしっかりと神田山(かどやま)家を引っ張っていってもらわなければならない」
 父「そのパートナーの結婚相手として政略結婚は重要な礎(いしずえ)だと肝に銘じてくれ」

 和夫「……」

 しばらく和夫は無言のままだった。

 和夫は突然の話に考えがまとまらなかった。
 若すぎる縁談話に少し迷っていた。

 神田山(かどやま)家を継いでいく責任が和夫には重く感じられたからだ。
 しかし青春の板挟みで何を優先し選択すべきか、彼は少し混乱していた。
 父に従わなければいけないという義務と、和夫にある選択できる自由な心の間に葛藤が生まれていたのだった。


 ひかるはいつも通り和夫の書斎で授業を続けていた。
 今朝神田山(かどやま)家の秘書と電話で会話していた時に、

 ひかるは和夫にお見合いの話があることを聞きつけていた。

 ひかる「お見合い話があるって聞いたけど本当なの?」
 和夫「そう、本当なんだ」

 白い百合の花弁は少し閉じ始めていた。
 百合の芳(かぐわ)しい香りはどこかへと散ってしまったいた。

 今までと打って変わって、灰色に似た空気が部屋中を漂うかのようである。

 和夫「昨日、お父さんからお見合い話の縁談があるって聞かされて...」
 和夫「それでどんな内容だったの?」

 和夫「僕はこの神田山(かどやま)家の倅(せがれ)だから、今回の縁談は相手との戦略結婚が前提なんだ」
 和夫「みんなお父さんが選んだ神田山(かどやま)家にとっての相応しい相手ってわけなんだ」

 ひかる「お見合い相手はどんな方なの?」
 和夫「お見合いアルバムによると、みんな有名女子大卒で資産家の令嬢なんです」

 和夫「神田山(かどやま)グループは海外展開しているから、みんな育つ環境が良いので性格も人柄もよくて、海外に別荘があったりする名家なんです」

 書斎の空気が澱(よど)んだようであった。
 それで、百合の花はさらに萎(しぼ)んでいた。

 ひかるは突然の和夫の見合い話に、落胆を隠せない様子で、

 ひかる「ごめんなさいね」
 ひかる「私は家庭教師なの」

 ひかる「名家の資産家のお嬢さんって、少し想像できないわ」

 ひかるには大きな壁が立ちはだかって温かい太陽の光が遮られるようである。
 百合の花は曇りの空に対して虚(うつ)ろな咲き方をするようになっていた。

 百合の花に止まっていた精霊たちは消えかかっていた。
 三位一体説のうちの一つが失われたようになったひかるであった。

 ひかるは家庭教師という現実をいやおうに思い知ったのである。
 百合の花は花弁が萎(しお)れたひかるに寄り添うかのように慰めていた。

 ひかる「そんな...」
 それでも白百合の花はひかるを励ますように、微笑んでいるようである。

 百合の花の白さはひかるの清純な心を蘇らせ、元のひかるに戻そうとしていた。

 ひかる「私ってどうしたらいいのかしら」

 女教師としての立場と女としてのひかるは明らかであった。
 理性的なひかると感情的なひかるのどちらにとっても白い百合が理解者であった。

 どちらのひかるも白い百合であることには変わりがないのは、百合の花が清純な象徴とされる逸話にあらわれている。
 百合は天使であり、清純さとあらゆる精霊の現れだから。

 美的な表象は妖精と同じあり、天使にでも悪にでも例えられるのだから。

 ひかるには少しずつ立場が理解できるようになっていた。
 ひかる「私は百合の花ね...」

 その時、百合の花はひかるに微笑むように、会釈をするかのようだった。
 きれいな百合の花は初めて知るひかるにひとしずくの泪を流していた。

 それはひかるを介抱するかのように優しく包み込んでいた。

 若葉の芽生えをそっとそばで見守ろうとする姿は、新しい季節に咲き変わった新しい白百合を思わせた。

 ひかるには和夫から身を引く決意を固めたのであった。

 ひかる「私、しばらくおやすみしようと思うの」

 咲き変わった白百合は、書斎の隅で沈黙を守り続けていました。
 その頃にはひかるは元の純白の姿に咲き戻っているのでした。

 新しく咲いた百合の花はひかるにそっとにこやかな笑みを浮かべていた。
 その笑みに応じるようにひかるは頷(うなず)いて和夫にこういった。

 ひかる「あなたは見合いを受けるべきよ」

 白い百合が道端できれいな花を開かせて、道を通る主人公を見送るように、彼女は和夫にお見合いを受け入れるべきことを仄(ほのめ)かした。
 素直な花の汚れのなさは、ひかるに似て潔白な性格を意味している。

 和夫は即座に否定した。
 和夫「お見合いは受けないよ」

 主人公は道端に咲く白百合の白い花弁に軽く口づけをするようにそっと
 手を差し伸べた。

 和夫「誰と結婚するかは僕が選ぶ…」
 和夫「父の駒にはならない」

 ひかる「それって、本当?」
 和夫「ああ」

 和夫はひかるの手を強く掴んで離さなかった。
 和夫「先生がいい」

 ひかるは和夫に身を寄せて、
 「お父さんはどうするの」
 と和夫の耳元で囁(ささや)いた。

 和夫「父を説得する心の準備はできている」
 和夫「ひかるを選んだ限り必ず結婚する」

 和夫のお見合いの日がやってきた。

 神田山(かどやま)家の邸宅前に黒塗りのリムジンカーが到着した。

 運転手が自動車の後部座席の扉を開けると、和夫がお見合いのアルバムから
 選んだ、白いフォーマルドレスに身を包んだ令嬢令嬢が姿を表した。

 邸内の敷地に敷かれた赤いバージンロードを、神田山(かどやま)家の秘書が令嬢の手を引いて
 邸内のお見合い会場まで案内した。

 お見合い会場は西洋調のクラシックな雰囲気に包まれて、カメラマンや
 記者も多くいた。
 和夫と令嬢にはたくさんのカメラのフラッシュが炊かれた。

 お見合いの儀式が始まると、司会進行役である秘書が

 秘書「まず、○○貿易グループの御令嬢さまから、御令嬢さま初お見合わせのご挨拶を
 お願いいたします。」

 令嬢「○○貿易グループの長女でございます。和夫さん初めまして」
 「会社では貿易事務を長年勤めてまいりました。趣味は華道、茶道でございます。」

 「スポーツは合気道でインターハイに出場したことがございます。」
 「好きな花言葉は、純潔、無垢、神聖でございます。」

 秘書「続きまして、神田山(かどやま)トラストグループの御曹司さまのご挨拶をお願いします。」

 和夫「えー、……」

 和夫「折角のお見合い縁談でございますが、今回は縁談を破棄致したく申し上げます。」
 会場は一時騒然となった……。


 お見合い会場の席から退席した和夫は、控え室で和夫の父と顔を合わせていた。
 和夫の父は激怒した。

 父「どうしたんだ!だめだぞそんなの、折角のお見合いじゃないか!」
 父「………」
 父「あの家庭教師の影響か?」

 父はひかるのことと疑っていた。

 和夫「じ、実はそういうことなんだ」
 和夫「授業で仲良くなっていて」

 和夫「彼女は僕にとって魅力的な才女なんだ」
 和夫「彼女から離れられなくて」

 和夫「だから、僕は彼女を選ぶ」

 父「まったく……一体どうなっているんだ」
 和夫と彼の父は真っ向から対立することになった。