神田山(かどやま)家の邸宅の正門は頑丈な風貌である。
正面に向かって、かなり左右に高くそびえている。
高い家柄を象徴するかのようである。
中央の門扉は煉瓦造りのゴシック様式でおしゃれさが伺える。
荘厳さが圧倒的に来訪者を制圧する構えであった。
しかし厳かな佇まいは同時に何かしら穏やかな家風を見せている。
どっしりとしたその構えは訪れる人をどこか妙に安堵(あんど)させるのであった。
門扉を開けて入ると、広い芝の庭が広がっていて、周りをぐるりと新録の針葉樹が邸宅を囲っていた。
時折、ウグイスの鳴き声がしている。
住宅街の中の庭園風で彩られた邸宅は、西洋の建築様式が際立って斬新なイメージを彷彿(ほうふつ)とさせている。
日本の中にいてもまるで異国に入ったようである。
瀟洒(しょうしゃ)で厳かな門扉の前に若い女性がいた。
ライムグリーンのジャケットに純白のロングスカート姿である。
彼女はスマートフォンを片手に、なにやらあたりを詮索しているようである。
この女性は城山ひかる、28歳。
今日から神田山(かどやま)家の家庭教師を努めることになったエリート講師である。
ひかる「ここが、神田山(かどやま)家の邸宅か。」
ひかるは、豪華で立派な邸宅を前にして、目を見張っていた
ひかる「しかしどこにもないご立派な邸宅だわ」
ひかるは大学の同窓生のことを思い出していた。
ひかる「友達の自宅とおなじようね。」
ひかる「彼女も経営が専門だったかしら。」
友達は皆、お金持ちで贅沢な学生生活を送っていた。
彼女はそれを少し羨んでいたのであった。
ひかる「みんな最新の流行の車や音楽、最新の流行全てを楽しむ学生を見て、
少し嫉妬したのを覚えているわ」
ひかる「奨学金で学費を賄っていたのだけど、大人になって、過去を取り戻したくて」
ひかるは学生生活を終えて、社会で成功しようと努力していた。
ひかる「過去の経験は、教師になってとっても役に立っているの」
教師になったひかるは、講師という役目にやりがいを感じていた。
苦い経験が教育実務として天職といえるほどに努力が通用しているのであった。
ひかる「努力が認められるのは、私にあったフィールドね」
ひかるは勤勉な努力でエリートになった誠実な女教師である。
玄関のインターフォンのボタンを押そうとした時、神田山(かどやま)家の秘書らしい男性が声をかけてきた。
なにやら艶のある低い独特の声であった。
秘書「あの、どうかされましたか?」
ひかるは、深くお辞儀をしながら名刺を両手で差し出し、
ひかる「わ、わたくし、今回から教育係として赴任いたします、城山ひかる(しろやまひかる)でこざいます。」
秘書「ああ、あなたが城山先生ですか」
秘書「私(わたくし)は、神田山(かどやま)トラストグループの秘書を務めております、山本と申します。」
「お話は社長から伺っております。」
「さ、どうぞ、中にお入りください。」
艶のある若い声は、エリートの若芽をイメージさせていた。
今まででももっとも好感の持てる好青年だった。
背の高い黒い門扉の扉がゆっくりと開いた。
ひかるは邸宅に通じる、庭園の中に通された。
春の穏やかな昼下がり、広い庭園の通路を辿っていった。
すると遠くに菜園の手入れをしている、作務衣(さむえ)を纏(まと)った人影を見つけた。
ひかる「神田山(かどやま)社長でいらっしゃいますか?」
作務衣姿の男性「ああそうだよ。」
ひかる「わたくし、今回から神田山(かどやま)グループの教育係として採用されました、城山ひかるでございます。」
社長「とれたてのトマト持っていきなさい」
ひかる「それではお言葉に甘えさせて、いただきます」
有機農法で育った真っ赤に完熟したトマトは、スプリンクラーの水滴が新鮮さを際立たせていて、如何にも美味しそうだった。
菜園にある、木製で真っ白の塗装の丸いテーブルを囲み、ひかると神田山(かどやま)社長は、教育係としてのスケジュールを話し合うのであった。
社長「早速ですが、城山先生には、私の悴(せがれ)の再教育をお願いしたい」
社長「悴(せがれ)が今月末に海外の大学から帰国する予定です」
ひかる「お話はかねがね伺っております。」
ひかる「そうすると、帰国は国内実習やダブルスクールという名目でしょうか」
社長「仮にそういうことで」
社長「倅(せがれ)は国内では優秀でしたが、海外では少し劣る性質が現れているんです。」
社長「この依頼は私からであることを秘密にしていただきたい」
ひかる「わかっております」
社長「倅(せがれ)には、性格に甘えている様子が目立つ」
社長「それを踏まえて、ここでひとつ再教育をお願いしたい」
社長「これが倅(せがれ)の外国の大学でのこれまでの成績書類です」
書類には履修した科目名と単位の評価、主任教官の所感事項が記載されていた。
評価は5段階で示されていた。
全てのレポートは1回の提出で合格している。
履修科目は、ほほ全てが満点での単位認定となっていた。
しかし、哲学系や心理系の科目がやや低いのが目立った。
所感事項には、「科目は優秀な成績と認められる。内向的な性格が目立つが、感情をよく表せない時がある。心理的に弱い要素がある。」
ひかるはこころの中で考え事をしていた。
ひかる「甘えは弱さは誰にでもあるものよ」
ひかる「でもそれは天性が決める神様の贈り物」
ひかる「女は甘えは嫌いだけど、男は少し甘えたがるもの」
ともすると甘えが先行する男性である。
ひかる「でも社会では誰も甘えは許されない」
一般の世の中では甘えは禁制である。
ひかる「だから甘えは禁断の木の実というべきね」
甘えは、ある日予期せず誘惑のように訪れる…甘い果実のように。
彼女の経験した名門予備校でも、これほど裕福な環境を垣間見たことはなかった。
かなりの名家であると察するのは、いささか失礼であるとも思ったひかるであった。
それは、社長家への畏敬の現れであった。
名門大学出身の女教師としてのアイデンティティを確立しているのでもあった。
しかし、理性的な知性は教育者として、名家の倅(せがれ)の本質が全て理解できていたのであった。
彼女の才能を発揮して全てを分析し終わっていたからである。
書斎のドアをノックする音、「トントントン」。
和夫「どうぞ」
ひかる「失礼いたします」
書斎のデスクにはバンカーライトの横に、
万年筆で書いた日記が描きかけのまま置いてあった。
金の文鎮が、重石として日記の開いたページにおいてあった。
ひかる「初めまして」
和夫「こちらこそよろしく」
神田山(かどやま)家の書斎で初めて逢うひかるであった。
和夫にとって、ひかるは新任教師と同じ風貌を予感させていた。
和夫は受験時代から、個人レッスンには慣れていた。
会社のツテで有名大学の医学生から受験勉強を指導してもらったりしていたからだ。
ひかるにとって和夫は、大学の新入生のようにフレッシュな新米学生のような風格を感じていた。
しかし、和夫はひかるに対して、少し大きな声で
和夫「先生って、レベル高いの?」
ひかるには和夫の失礼とも思える態度に、少し気が障った。
和夫「神田山(かどやま)家はトップクラスなんだよ」
ひかるは、「えっ!」と少し動揺しかけていた。
しかしひかるの名門予備校での経験では、よくあることであった。
ひかる「それは大丈夫よ!」
ひかる「先生なんだから任せなさい」
ひかる「こうしている間にもあなたの競争相手は先を越していくのよ」
成績が良いあまり、少し自信過剰になっている和夫である。
しかし傲慢な態度をとることがあることは彼女がよく理解していた。
そこでひかるは、もう思いついていた。
事前にひかるが用意してあった、テスト案件を和夫のデスクの上に並べて見せた。
テスト用紙を取り出して、
ひかる「このテストを全て制限時間内に解いてよ」
ひかる「そこの万年筆をとって」
ひかる「はい!どうぞ」
ひかるは和夫に万年筆を差し出した。
和夫「この問題は、マクロ経済学の実質賃金と名目賃金の違いの問題か」
「名目賃金が一定の場合に、物価が下がった場合は、実質賃金と名目賃金の関係はどうなるでしょうか」
「要は、名目賃金が一定の場合は」
物価を考慮した場合が実質賃金で」
「物価を考慮しない場合が名目賃金だから」
「物価が上がれば」
「名目賃金に比べて実質賃金は低くなる..」
「正解!答えは、物価が下がった場合」
「名目賃金<実質賃金の関係になる」
「正解!」
「スマートフォンで音楽を聴いた場合」
「好きな音楽を好きなだけ聴いた後」
「その音楽のそのものの価値は、上がるでしょうか」
「それとも下がるでしょうか」
「これは市場の限界効用の問題だから」
「製品を使っただけ価値を産んだ(それだけ売り上げた)のだけど」
「それだけ視聴者は、聴き飽きたと考えられるので」
「これからの売り上げは減少する。」
「だから、その最新の効用(限界効用)は下がる。」
「つまりその音楽の価値は下がっていく」
「正解!」
「普通、人が景色を見るとき」
「近くのものはすぐに視覚でわかり」
「遠くのものはぼやけてやっとわかるのです。」
「では、経済観測や予測で」
「この1週間の先の見通しと」
「この先1年間の経済の見通す場合」
「どちらがすぐに知覚できるでしょう」
「これは、1年間の場合の方が敏感に知覚できるです」
「正解!」
ひかるが用意したこのようなテスト問題を数多く解いてもらったら、和夫は全て正解しているのでした。
ひかる「こんなにテスト解けるって、私の出番じゃないみたいね」
ひかる「何かあなたに私が教えることあるかしら」
ひかる「何か教えて欲しいことある?」
ひかるは予感していた。
これは心理的な教育や哲学や人生の教育分野であると。
和夫「そうだなぁ、やっぱり実務とか精神指導かな」
和夫「恋愛相談とか、悩み相談とか…」
ひかる「ここまでテストできるんだから、もっと上位を目指せるわ」
ひかる「またあとで、もっとレベルの高い問題を用意するからね」
和夫「少し俯(うつむ)いて、そんなのいいよ...」
和夫の目は、ひかるから逸(そ)らされていた。
ひかるの期待を受け入れていないのであった。
言動だけ大人で大きな振る舞いをする和夫であったが、心底はまだ未熟で諦めの境地にあるようであった。
ひかる「そうか...欲しいのは他にあるのね…、だったらそれは何かしら…」
ひかる「体と心のバランスが不安定なのは青年時代の具体的特徴だけど、それだとこれからももっと成長することが明らかだわ」
ひかる「その空虚さを埋めれば、満足して私についてきてしたがってくれるかもしれない...」
ひかるは和夫を理解し、察していた。
書斎のドアをノックする音して、社長が入ってきた。
書斎のドアが閉まる音が大きく思えた。
伝統美術工芸の漆塗りのトレーで、レモンティーといちごのショートケーキが
差し入れられた。
社長「ひかる先生、授業はどうです?」
ひかる「ええ、とってもやりがいがあります」
社長「倅(せがれ)の方はどうです」
ひかる「テスト課題をやってもらったのですが、満点でした」
ひかる「さすがは優等生です。経済学の問題は全てできています」
ひかる「次はこの問題よ、さあ解きましょ」
さっきまで、万年筆を運ぶ速さが、スラスラと速かったのだが、なぜか、急に、
遅くなっていた。
和夫「ちょっと、紅茶を…」
和夫はおもむろに万年筆を置くと、紅茶のカップを口に運んだ。
和夫「ひかる先生もどうぞ…」
ひかる「では、お言葉に甘えて...」
和夫は今までのひかるとの二人だけの濃密な雰囲気をそらすごとく、書斎の
窓の外に話題を持っていった。
和夫「桜はほぼ5分咲きか...」
ひかる「来週で満開のようね」
ひかる「さっ、次は会計の問題よ」
ひかる「下線に入る語句を答えて」
「企業会計は、企業会計の財務状況及び経営成績に関して____________を
提供しなければならない」
和夫「正しい業績報告…」
ひかる「違うわ」
ひかる「正しいのは、真実な報告」
ひかる「この問題は大学の成績表ではできているのに」
「企業会計は、全ての取引につき、正規の簿記の原則に従って____________を
作成しなければならない」
和夫「正しい報告書…」
ひかる「間違えているわ」
ひかる「正解は、正確な会計帳簿」
ひかる「さっきまでできていたのに、どうしたの?」
社長「どうした、和夫。こんな問題簡単だろ」
社長「さあ、私の目を見て答えなさい」
和夫は気まずい雰囲気を躱(かわ)すかのように目を逸らした。
社長「こんなじゃ、実務なんて務まらない」
社長「もっとしっかりしなさい」
和夫「ああ…」
ちょっと和夫は、投げやりな面持ちで、目を窓の外にやった。
ひかるとの、満たされた授業は、打って変わって散漫で虚(うつ)ろな内容になっていた。
和夫は父がいることで、ひかるとの見えない意図の線が、点となって散っていた。
社長「そうか...今は仕方ない」
父との意図の線は見えないようであった。
社長「さぁ、紅茶とケーキは下げるよ。はやくいただきなさい」
紅茶はすでに冷めていた...
少し落ち込んだ社長の様子が、書斎の窓に映っていた。
社長「ひかる先生、和夫を任せましたよ...」
ひかる「社長、そんな心配なさらなくたって...」
ひかる「大丈夫です、任せてください」
ひかる「倅(せがれ)さんはやればできるんです」
ひかる「大学でも同じ心理だったんです」
和夫は恋人などの悩みがあった。
それで、心に穴が空いたようにいつもと違う性格が出るのであった。
ひかる「彼を満たすことが重要なんです」
彼は空虚な自身をどうすることもできなかった。
ひかる「どうか優しく見守ってやってください」
社長「そうか...」
和夫の父としての社長は、どこか肩を落として風格が薄れているようだった。
窓の外の5分咲きの桜は、父としての感情を喩(たと)えているようであった。
初めてのレッスンの終わった午後、ひかると和夫はデスクから離れたロビーで
会話をしていた。
ひかる「大学でのテストの成績はピカイチだったじゃない」
テストではほとんどができる和夫であった。
ひかる「私の授業でも課題はほとんどできているわ」
ひかる「ここまでできるなんてすごいことよ」
和夫「そんなことないって」
和夫「できるたってこんなのどうでもいいことさ」
ひかるの絶賛に和夫は少し恥ずかしいのか、余裕の素振りを見せていた。
ひかる「あなたって、よくできるのに、大学から戻ってきたのね」
ひかる「でも、お父さんの前ではちょっと照れ屋のようね」
ひかる「もう少し強くなれるといいわ」
少し卑屈な和夫の姿勢をひかるはたしなめるように言った。
ひかる「そのお父さんの前での遜(へりくだ)った気持ちからもうちょっと自分を立てるべきね」
ひかる「これだけの成績なのにその性格で損しているのよ」
和夫「お父さんの前では誰でもだいたいあんなものさ」
ひかる「そうそこよ。そこをへりくだらないで、まっすぐにお父さんを認めるべきよ」
ひかる「それともあなたって、何か自信がないの?」
ひかるの言葉は和夫には心に刺さるものがあった。
ひかる「テストや課題ができるんだったら、それを誇るべきよ」
ひかる「認めないその性格が、あなたにとってマイナス要素ね」
和夫の、実務での分析力や明晰さは、ひかるの経験からは明らかに優秀さが顕(あらわ)だった。
これだけ秀(ひい)でた青年をこれまで知ったことはなかったひかるであるが、
彼の性格ゆえに、もう少し厳しい指導をすれば彼は立ち直ってくれるのだろうかと、
自問自答するのであった。
「飴(あめ)と鞭(むち)って言うけど、厳しいときは徹底的に、でも褒めるときは絶対の愛で包むべきよ」
「私が彼を導いて、心を修復できれば、彼の心は少しは癒えるに違いないわ」
「彼のお父さんへの心が真っ直ぐに開ければ、社会でも同じように誰でも認めることができるのね」
「そうすれば彼は立ち直ってまた立派に活躍できるのだと思うわ」
「彼の失敗は、まっすぐ認めない心の構造にあるの」
「そのために彼を立て直すプランを練ることにします」
ひかるは心の中で、和夫のことをこう分析していた。
ひかるは厳しい学校や学問の世界で、そこから逃げようとする和夫を正しい軌道に戻そうと、
毎日彼を指導援助しているのであった。
ひかるは再び思案していた。
「過去に苦手と思い込んでいると、その感覚が呼び覚まされて、さらに自己を追い込んでいくものよ」
「そこを支えて、正しい精神姿勢で学問を指導するのが講師の役割なのです」
「そこをなんでうまく導けないのかな?」
「もう一度彼を分析し直そうかしら」
「彼が大学から戻ったのは、勉強のせいだけではないのかもしれないわ」
「恋人とか、女友達とか…」
「その辺りは探ってみるとわかるかもしれないわね」
ひかるは和夫に割とストレートに訊いた
ひかる「大学で恋人や女の友達のことで何かあるの?」
和夫「普通に女子の友達はいたし、そんな悩むことはなかったなぁ」
ひかる「お父さんの前では、ちょっと謙遜していたわ」
「何かお父さんに気兼ねすることでもあるの?」
和夫の目の向く先がギョッとなった
今のひかるの問いに彼の心の反応があらわれていた
彼の瞳は左右に揺れて、心の動揺が見てとれた
呼吸は少し乱れていた。
和夫「そ、そうなんだ」
和夫「なぜか、お父さんって事業で苦労してあんまり僕を好まなかった気がしていて」
和夫「少し厳しいことを子供の頃から言われていたんだ」
彼の父は仕事で少し困難な時があり、その影響が和夫に現れていた。
和夫「それで僕は親からは孤独な子供だったんだ」
ひかる「それは大なり小なりどこの親子でも当たり前のことよ」
ひかる「そうやって大人になるものよ」
和夫「だって、子供の心は生ものと同じさ」
和夫「環境から外れればすぐに傷むものさ」
和夫は少し自身を庇うかのように弁護した。
和夫「あの美味しくて甘いいちごのショートケーキだって、少し触ればすぐ形は崩れる」
和夫「それだけ子供はデリケートだってことさ」
ひかる「それはあなたがそういう特別な恵まれた才能があるからこそよ」
ひかる「全てに敏感でなんでも求める」
ひかるは和夫がなんでもできる才能を秘めていることを悟っていた。
ひかる「それだけに勉強ができていく」
ひかる「でもそれだけに抵抗がなくて傷つきやすい」
和夫「ほんと、ケーキと同じだ」
和夫の表情には少し今までない笑顔がみてとれた
ひかるに心を開いたかのようであった
和夫「ひかる先生って、僕のことよく分かっていたんですね」
ひかるの顔も少し綻(ほころ)んでいた
ひかるのストレートに問う姿勢は、やがて甘いケーキのように優しく彼を包み込む姿勢に変わっていった
ひかる「もっと私に訊いていいわよ」
ひかる「勉強のこと以外にもわからないことがあったなんでもいいわ」
和夫「父親って、子供のことって初めからどう思っているものなのかなぁ」
ひかる「母性愛ってよく聞く言葉だけど、父性愛ってあまり馴染みがないじゃない」
ひかる「つまり生まれつきに母は子を愛する本能があるってことよ」
ひかる「何があっても子への愛はそう変わらないっていうか...」
和夫はなんとなくわかっていた。
ひかる「でも父は環境によって変わりやすいものとみるべきよ」
ひかる「それだけ子への思いが深い根底にあるものと見ることもできるわ」
和夫は不思議な感覚に酔っていた。
和夫「ひかる先生…」
和夫には、少し屈折した心が開けて真っ直ぐになった兆しが起こり始めていた
ひかる先生の真っ白な純白の言葉に、和夫は少しずつひかるに傾倒するようになっていった。
和夫のこころがひかるに見開いている証拠なのであった。
新しく芽吹いたまっすぐな和夫のこころの目は、ひかるを捉えて離さないようである。
