菅主邸のスーパーエリート執事たちは問題児だらけ!

「も、望月さん! どうしてここに?」
 ぼくが驚いていると、ほかの三人も顔を見あわせていた。
 望月さんは、すたすたとぼくたちのほうへ歩いてくると、膨大な作品たちが並ぶ棚のなかから迷いなく一枚のキャンバスを引き抜いた。
 白い布に包まれたキャンバスを手に取り、ぼくに差し出した。
「これがぼくの絵だよ。学生のときに描いたやつ。これを探していたんだよね? 宇島先生に聞いたよ」
 戸惑いながらも、ぼくは布をはいだ。
 そこには、一頭のペガサスが森を駆け抜けているさまが描かれていた。
 ペガサスの躍動感、幻想的な森の描写に、ほれぼれと見つめてしまう。
「すごく、すてきです……! で、でも、今日はどうしてここに?」
「うん。昨日、あのあときみたちのことが気になってね。そうしたらこのあいだ、間藤さんのシークレットパーティに侵入者が出たって、菅主理事長に聞いてね」
 それを聞いて、実折くんが何かを察する。 
「理事長から、間藤さんのパーティでのことを聞いたんですね?」
「うん。きみたちが、ペンキを持った男を撃退した、という話を聞いた」
 儚くほほえむ、望月さん。
「お礼をいわせてほしいんだ。ぼくは、間藤さんの絵がとてもすきだから。彼の絵を守ってくれて、ありがとう」
 ぼくは、おもった。
 望月さんは、描く絵のとおりの人なんだ、と。
 幻想的で、きれいで、ペガサスみたいな人なんだ、と。
「望月さん。ぼくたちが昨日サイン会をおとずれたのは、『あるお願い』をするためだったんです」
 ぼくは意を決して、望月さんを見つめた。
「望月さんの、『波打ち際のうつつ』を十六夜学園の昇降口に飾らせてくれませんか? 望月さんのきれいな海を、うつくしいペガサスを、うちの学園に飾らせてほしいんです。ぼくの祖父が、あなたの絵を気に入って手元に置いたように、ぼくもあなたの絵をとてもすきになったんです!」
 ぼくは、はじめてあの絵を見たときの気持ちを、望月さんにぶつけた。
 望月さんは、驚いたように目を見開いて、そしてうつむいた。
「昇降口……それはつまり、間藤さんの絵の代わりに、ぼくの絵を飾るということ?」
「え、えっと、そうです。しかし、これは理事長である、ぼくの祖父の提案で……」
 望月さんの表情は、ますます暗くなる。
「話は聞いてる。つまり、きみが……菅主理事長のお孫さんだね?」
「はい。菅主実縫といいます」
「実縫くん。うれしいよ。理事長のお孫さんに、そんなふうにおもってもらえて、あの絵はとても恵まれている。菅主理事長に、『波打ち際のうつつ』を買い取らせてほしいといわれたときも、すごくうれしかった。でも……」
 望月さんは、憂鬱そうに言葉を続けた。
「あの絵は、だめなんだ。あの絵を描いてから、ぼくの人生はおかしくなった」
「え……? どういうことですか、望月先輩」
 安蘭くんが、声を震わせた。
 望月さんは顔を真っ青にして、説明してくれる。
「……間藤さんのシークレットパーティに、侵入者が現れた。ぼくはそれを聞いて、震えたよ。とうとう、そんなことをしてしまったのかって」
 望月さんはスマホを取り出し、一枚の写真を見せてくれた。
 それは机に束ねられた、同じ差出人からの手紙の山。
 画面がメールボックスに切り替わると、同じ差出人からの大量のメール。
 名前はすべて、同じだった。
「八十嶋泊里……? いったい、誰なんですか?」
 ぼくがたずねると、望月さんは危うげにほほ笑む。
「ファンだよ。内容はいつも、こんなかんじ」
 メールが開かれると、画面が大量の文字でうめつくされた。
『望月 瀬音 さま
 このたびの個展、とてもすばらしかったです。
 ~省略~
 ほんとうに、望月先生の作品の良さを理解しない連中が多いです。
 心配しないでください。
 先生は、安心して創作活動を続けてくださいね。
 自分がなんとかしてみせますから。
 あなたのファンより』
 ぼくと執事たちは顔をよせあって、そのメールを読んだ。
 最初に言葉を出したのは、李豆くんだった。
「……『なんとかしてみせますから』だって。ねえ、もしかしてあのペンキ男って、八十嶋泊里さん……なんじゃない?」
 李豆くんが、真剣な顔をしていう。
 ぼくと実折くんも、同時にうなずいた。
 驚いた顔をしているのは、安蘭くんだ。
「ま、まじかよっ?」
「気づかないとはさすがですね」
 実折くんのいやみに、安蘭くんが顔をゆがめたけれど、ぼくがあわててフォローする。
「こ、こんなに長いメールだもん。まずはそこに驚いちゃうよ」
「いやまじで、スクロールどれぐらいするんだよってかんじだったよな? 主さま。メール長すぎだろ!」
 うれしそうに、安蘭くんがぼくの肩をがしっとつかむ。
 アスリートと彫刻家のパワーがあわさった安蘭くんのちからで、ミシッときしむ。
「安蘭、主さまをにぎりつぶすつもりですか」
「うわっ! わ、わりぃ! 主さま!」
 実折くんのおかげで、ぼくの肩がもがれるのはまぬがれた。
「望月さん。手紙の八十嶋さんの住所って書いてなかったですか?」
 実折くんが、たずねる。
「いや、書いてなかったよ」
「さすがに書いてなかったですか。郵便局の消印は?」
「えっと……『下弦』となっているね」
「下弦郵便局ですね。つまり、隣の市です。シークレットパーティのとき、間藤さんに届いたメールのIPアドレスを調べましたが……たしか、下弦市から送られていましたね」
 ぼくは、おもわず身を乗り出す。
「それって……」
 実折くんは、深くうなずいた。
「望月さん。八十嶋泊里さんはあなたのファンだそうですが、どんな人物なのか心当たりはありますか?」
 すると、望月さんは少し黙り、やがて長く息をついた。
 消え入りそうな笑顔で、望月さんは教えてくれる。
「泊里は、ぼくが十六夜学園に通っているころから、ぼくのファンでいてくれた。同級生、だったよ」
「ど、同級生っ? じゃあ、よけいにどうしてこんなこと……?」
 李豆くんが信じられない、といわんばかりに身震いする。
 望月さんは、遠くを見つめるようにして、ぽつぽつと話してくれる。
「美術部のときから、泊里は、ぼくが描いた絵をほしがった。たくさん賞を貰うようになってからは、泊里以外のファンが増えて、制作を支援してくれる人も現れたんだ。この準備室に置いてあった絵は、泊里に見つからないように、こっそりと宇島先生に渡したものなんだ。理事長も、ぼくの描いた『波打ち際のうつつ』を買ってくれたよね。そうしたら、泊里が怒ってきて――『オレ以外の人に絵を売るなんて! オレが一番最初のファンなのにひどいじゃないか!』って怒鳴ってきたんだ。いまでも、ぼくがアートオークションを開くと、泊里があらわれて、ほとんどの絵を買っていこうとする。買えたかもしれないファンが、ぼくの絵を買えない状況が続いている。でも、絵を買ってくれる以上、『もう来ないで』なんていえなくて……」
 近場の丸イスに腰かけ、頭を抱える望月さん。
 絵を描いたことがないぼくでもわかる……八十嶋さんがすることは、おかしいよ。
「うーん、『やっかいファン』ってやつですかね?」
 李豆くんは、八十嶋さんの話に顔を引きつらせている。
「やっかいファン、って?」
 ぼくが首を傾げたら、なぜか李豆くんにくすくすと笑われてしまう。
「主さまってば、あんまインターネットしないんだね? やっかいファンっていうのは、まあ言葉通り、『やっかいなファン』のことだよ。自分勝手に行動したり、いきすぎたことをしてしまうファンのこと」
「じゃあ、八十嶋さんの行動はかんぜんにそれ、かもね」
「望月先輩。シークレットパーティでのペンキの件、警察はなんていってるんですか?」
 安蘭くんにいわれ、望月さんはうなずいた。
「間藤さんがいうには、会場に映っていた防犯カメラの映像では、まだ正確に八十嶋だとはわからないみたい。フードを被っていて、マスクとサングラスまでしていたらしいから」
 たしかにそうだ。
 あのときは、安蘭くんが追いついてくれて、ペンキ男を捕まえようとしてくれたけれど、激しく抵抗されて、逃げられてしまったんだよね。
 そのときのことを思い出したのか、安蘭くんがまた悔しそうにする。
「オレの力を振りほどくなんてなー。オレ、握力にはかなり自信があるんだけど」
「そうですね。安蘭のバカぢからはさっき主さまの肩をもぎ取ろうとしたときに、バレていますからね」
「うっせえな。実折っ」
 安蘭くんと実折くんが、また険悪になるなか。
 ぼくは、ふと思う。
 そうだ、安蘭くんのちからはそうとう強い、さっき身をもって体験したばかりだ。
 あのちからは、おとなでも通用する強さだと思う。
「望月さん。八十嶋さんって、何部だったんですか?」
「えっと、たしか……馬術部だったと思うけれど」
 すると、実折くんはすぐに察してくれたのか、スマホをすいすいと操作する。
「主さま。下弦市の隣の立待市に、乗馬クラブがあるようです。そこのブログに、気になる記事がありました」
「……これは」
 ぼくは息をのんだ。
『4月29日 タイトル:馬はパートナー☆
 みなさん、こんにちは。
 立待乗馬クラブ、オーナーの八十嶋です。
 このクラブでは「人馬一体」をモットーに日々、馬たちとの絆を深めていただくため、数多くのイベントを開催しております。
 今度の土曜日に開催する「愛馬写生大会」もそのひとつ!
 参加予定のかたは、画板と画用紙、絵の具セットはお持ちいただき、思い思いのタッチで、いつも乗せてもらっている馬たちを描いてくださいね☆
 パートナーであるあなたに描いてもらえて、馬たちも喜ぶと思います!
 また、クラブハウスの受付にて、オーナー激推し作家さまの絵を飾っております!
 そちらもぜひ、ごらんくださいね☆
 八十嶋』
 ぼくと執事だけでなく、望月さんまでも言葉をなくして、スマホ画面に見入っている。
「これは……もしかしたら」
 ぼくは、執事たちを、そして望月さんを見た。
 望月さんは、静かに首を横に振った。
「ぼくは、行けない……。彼のことを考えるだけで、足が震えてしまって……。臆病でごめんね……。きみたちは、行くつもりなの?」
「今度……間藤さんのアートアークションがあるんです。また、ペンキ男が現れるかもしれない。その前に、たしかめたいんです」
 望月さんが、暗い顔でうなずいた。
「ほんとうに、ごめんね……」
 ぼくは、望月さんの前に立った。
「望月さん。ぼくは、芸術のことなんてまだわからない未熟者だけれど、これだけはいえます。芸術家は、自分のなかのエネルギーを作品に変える。それは、ものすごくすばらしいことなんだって。誰にも邪魔させてはならないことだと、ぼくは思います。そうじゃなかったら、ほんとうは生まれるはずだったすごい作品が、生まれることができないかもしれない。そんなの、すごくかなしいです」
 望月さんが、目を見開いて、ぼくを見つめる。
 そして、目じりにじんわりと涙をためる。
「そんなふうにいってくれたのは……きみがはじめてだよ」
 ぼろぼろと望月さんの目が涙がこぼれていく。
 ぼくはあわてふためいて、執事たちを見る。
 すると、執事たちは、苦笑していた。
 李豆くんが、望月さんに小走りで近寄って、背中をさする。
「主さまの人たらし~」
「えっ、そ、そんなつもりは……」
 ぼくも望月さんの横にいき、李豆くんといっしょに、望月さんの背中をさすった。
 少しして落ち着いた望月さんは、ふうと息をついた。
「ごめんね。おとななのに、泣いてしまって」
「そんなふうにいわないでください。おとなだって、泣いていいんです」
 ぼくがいうと、また望月さんの目にじんわりと涙がたまっていく。
 あわてて、袖口で拭いた望月さん。
「ずっと、八十嶋のことで悩んでいたから、涙腺が弱くなってるんだ……。やっぱり、乗馬クラブへは行けそうにない。かわりに、何か手伝えることがあれば、何でもいってほしい」
「……それじゃあ、ひとつだけいいですか?」
 うなずく望月さんに、ぼくは笑顔でいった。
「八十嶋さんのことが解決したらでいいんです。望月さんの絵を、うちの昇降口に飾らせてもらえないでしょうか」
 すると望月さんは、ちょっとだけ黙った。
 しかしすぐに、まっすぐにぼくたちを見すえた。
「ぼくの絵を学園に飾るのをいやがったのは、在学中に八十嶋が……『十六夜の昇降口に間藤ドヲプの絵が飾ってある! あんなやつの絵より、きみの絵のほうがすばらしいのに』って、いつも愚痴っていたからなんだ。だから、卒業するとき、理事長がぼくの絵を買ってくれたときも、学校には飾らないでほしいってお願いしたんだよ。望月星司って卒業生がいることもあまり在校生にいわないでほしいってお願いした。望月瀬音っていうのはペンネームなんだ」
 安蘭くんがいっていたことは、こういうことだったのか。
「八十嶋のことが解決したんなら、ぜひぼくの絵を飾ってほしい。むしろ、こちらからお願いしたいよ」
 望月さんははじめて晴れやかな顔をして、ぼくたちに笑いかけた。

 望月さんと校門で別れると、ぼくたちは送迎車に乗りこんだ。
 いつものように助手席が安蘭くん。
 後部座席に、李豆くん、ぼく、実折くんで座る。
 目的地はもちろん、立待市の乗馬クラブだ。

 ■

 立待乗馬クラブの駐車場にはたくさんの車が停まっていた。
 ぼくは、運転手に「待っていて」と伝える。
 クラブハウスは、木でつくられたログハウスだった。
 ドアの横に、木で作られた馬のシルエットの看板がかけられている。
『立待乗馬クラブ』という文字が彫られている。
 風が吹いて、木と馬と、乾いた草のにおいがした。
 扉を開けると、ガラス張りのカウンターが目に入った。
 なかには、ヘルメットやグローブ、馬の写真などが並んでいた。
 壁にもたくさんの馬の写真が飾られている。
 クラブハウスに来る前にも、たくさんの馬がいたのに、ここに飾られているのは、ぜんぶ同じ馬の写真みたいだ。
 カウンターの後ろには、マリンブルーの背景に、翼を広げているペガサスが描かれた大きな油絵もかけられていた。
「あの絵……」
 安蘭くんが、息をつまらせるようにいう。
 ぼくはうなずいた。
「間違いなく望月さんの絵、だよね」
 李豆くんが、カウンターで書類の整理をしているスタッフさんに声をかけた。
「あの、すみません」
「はい、入会希望ですか? 学生のかたの入会には……」
 スタッフさんが、作業をしている手を止め、顔をあげた。
 美術館で、望月さんとのコミュニケーションがうまくいかなかったからか、しばらく李豆くんは落ちこんでいた。
 ずっと、「ぜったいリベンジする。ぼくのコミュニケーション能力はこんなもんじゃないんだから」といっていた。
 だからなのだろうか、今日は気合いが違う。
「いえ、ぼくたち望月さんの絵を見に来たんです」
「え? えっと、ここは乗馬クラブなんですけど」
 不思議そうにしているスタッフさんは、どうやら美術館あつかいでこられたことに、戸惑っているようだった。
 しかし、李豆くんはにこにこと、後ろの絵を指さした。
「あの絵、オーナーさんのものなんですよね?」
 スタッフさんが、絵を振り返る。
「え、ええ。お客様……どうしてそんなことを知っているんですか?」
 李豆くんが、きらんと目を光らせたように見えた。
「オーナーさんと以前、会ったことがあるんです。間藤ドヲプさんのシークレットパーティで♡」
「え? 間藤ドヲプってあの……SNSで話題の朝焼けを描く画家、でしたっけ。そのパーティーに、うちのオーナーが行ってたんですか? たしかにうちのオーナーって、なんかすごい激推しの画家がいるとかで、よくアートオークションに行っているみたいですけど。この油絵も、その画家さんの絵らしいですね」
「そうそう! なので、オーナーさんを呼んできていただけませんか? 話をしたいんですよ」
「――わかりました。呼んできますので、少々お待ちください」
 スタッフさんは、困ったようにしながらも、カウンターの奥の事務所に入っていった。
 李豆くんはにんまりとほほ笑んで、ぼくを振り返る。
「ふふん♡ リベンジ成功したよ、主さま♡ ぼく、がんばったでしょ?」
 しかし実折くんは、やれやれとでもいうように、首を振る。
「あれは、『シークレットパーティ』という単語で、相手の意表をついただけです。コミュニケーションといえるんでしょうか?」
「ふふ~ん。実折ってば、くやしいの? さっきのは、りっぱなコミュニケーションだよ。『相手が予想しないことをいえば、感情がゆさぶられるもの』なんだよ? 意表をつかれると人は一瞬、思考が止まる。そうして、意識がかんぜんにこちらに向けば、もうぼくのことが気になってしょうがなくなってるよ。そうなれば警戒モードは解除されちゃってるってわけ♡ ね? 主さま!」
 にこにこと、ぼくに寄ってくる李豆くん。
 これは、ほめてほしいってことなのかな。
「ええっと、ありがとう。李豆くん。これで、八十嶋さんに会えるね」
「ちゃんと、リベンジできたよね? 執事として、有能でしょ? 主さま、ぼくを親友にしたく――」
 そのとき、奥からスタッフさんがもどってきた。
 何かをいいかけていた李豆くんが、不機嫌そうに唇をゆがめるのが見えた。
 何をいおうとしてたんだろう、あとで教えてくれるかな?
 スタッフさんの後ろから、ぬらり、と誰かが出てきた。
「オーナー。この子たちが、オーナーに話があるそうです」
 スタッフさんがいうと、オーナーと呼ばれた男の人は、ぼくたちをジッと見つめてきた。
 馬術クラブのオーナーというわりには、色白で、スタイルのいいモデルのような男の人だった。
 望月さんの話を聞いていた印象とは正反対の、やさしそうでおだやかな表情を浮かべている。
 彼が、八十嶋泊里さん。
「……わたしに、何か用かな」
 八十嶋さんは、あいかわらずぼくたちのことを観察するようにながめている。
 警戒されてるなあ。これは。
 安蘭くんが、李豆くんにつぶやいているのが聞こえる。
「どうやって、あいつの警戒を解くんだよ」
 李豆くんが、思案するようにうなった。
 そうだよね。
 とつぜんやってきた中学生四人組が、「オーナーを呼んでほしい」なんていってきたら、どんな目的で来たのかと思われるのはあたりまえだ。
「でも――」
 李豆くんが、まっすぐに前を見すえていう。
「ここでへんな嘘をつくよりも、正直に目的をあかしたほうがいいと、ぼくはおもう。……主さま、いいよね?」
 ぼくは、すぐにうなずいた。
 李豆くんはうれしそうに顔をあげ、カウンターに両手をつき、身を乗り出した。
「ここに来たのは……あなたにもう一度、会うためですよ。シークレットパーティで、ぼくたち……追いかけっこしましたよね? 八十嶋さん」
 李豆くんがきっぱりというと、八十嶋さんはぼくたち――とくに、安蘭くんと李豆くんをまじまじと、にらみはじめた。
 あのとき、ペンキ男を追いかけたのは、このふたりの執事だ。
 そのふたりを認識したということは、かんぜんにあのときのペンキ男は八十嶋さんで決まったようにおもえる。 
 実折くんも、気づいたようだ。
「八十嶋さん。オレたちは四人いるのに……どうして、安蘭と桃井――このふたりの顔を確認するようにしているんでしょうか? このふたりに、特に見覚えがあるんでしょうかね?」
 すると、八十嶋さんはハッとしたように目を見開き、あわててスタッフさんの肩を押した。
「ここは、わたしにまかせて、きみは奥の倉庫で発注作業をしていてくれ」
「は、はい……」
 状況をのみこめないようすのスタッフさんだったけれど、いわれるがまま、奥の倉庫のほうへと去っていった
 八十嶋さんは、ぼくたちのほうへとあらためて向きなおると、するどい目つきでにらみつけてきた。
「きみたち、どうしてここにきたのかな」
「わかってるんだろ? オレたちはあのとき、ペンキを持っていた犯人が、あんただって疑ってるんだよ」
 安蘭がいうと、八十嶋さんは、フッとからかうように笑う。
「きみは、わたしを疑う前に、まずは目上のものに対する言葉づかいを学んだほうがいいな。現在の学校では、そんなことも教えないのか?」
「はあっ? ばかにしてんのかっ」
 安蘭くんが腹を立てたけれど、実折くんがうんざりした顔でいう。
「その点に関しては、オレも八十嶋さんに同意見ですね」
「おまえはどっちの味方なんだよ!」
「オレが正しいと思うことをいっているほうの味方に決まっているでしょう」
「ああ、そうだな。おまえはそういうやつだったなっ」
 おなじみのいい合いがくり広げられるなか、李豆くんは二人を放って、腕を組んだ。
「とにかくっ。ぼくたちは今度の土曜日に行われる、間藤さんのアートオークションにも招待されたんです。また、ペンキで荒らされたらたまらないからね。こうして、ここに来たってわけです」
「わたしを疑う根拠……理由はあるのか?」
 ぼくは、グッと息をつまらせる。
 たしかな証拠はない。
 ただ、ここで引くわけにはいかない。
「ぼくたちは探偵じゃありません。根拠も理由も、つきとめてはいません。ただ……ぼくたちに相談をしてくれた望月さんは、真剣でした」
 その名前を聞いた八十嶋さんが、表情を固くする。
 グッと、唇をひきむすんだ。
 ぼくたちへの警戒をさらに強めたみたいだ。
「望月さんには、何年もあなたから、メールや手紙がきているようですね。そして手紙の消印と、シークレットパーティの事務局にきたメールのIPアドレスが同じ『下弦市』だったこと。八十嶋さん、あなたはいま、どちらにお住まいですか?」
「――さあな」
「調べたらわかることですよ?」
 実折くんが、くすりと笑うと、八十嶋さんはくちびるを歪めた。
「……下弦市のマンションに住んでいる」
「そうですか。あなたのパソコンかスマホか……どちらかを調べれば、事務局にメールを送ったのがあなただと、すぐにわかるでしょうね」
「だが、ペンキを持っていたのがわたしだと、断言できるのか? いま、わかったことはメールを送ったのがわたしだということだけだろう」
「この乗馬クラブに来たとき、馬たちの馬房が見えました。その前に、ドローンが置いてありますよね?」
 実折くんがいうと、ぼくは思いだすように視線を上向けた。
「ドローンというと……撮影用、とか?」
「いいえ。あれは、塗装用のドローンです。色を塗るための、スプレーを噴射するための装置が取り付けられていました。おそらく、馬房の屋根の塗装を塗りかえようと購入されたのでしょうね」
「ドローンで塗装? そんなことができるんだ……!」
「ええ、主さま。そして……この映像を見てください。間藤さんにいって、シークレットパーティでペンキ男が出たときからの防犯カメラの映像をお借りしていました」
 実折くんが、防犯カメラの映像を、スマホに表示する。
 あのシークレットパーティでのできごとが、しっかりと再生されていく。
「この特徴的なかたちの缶。ドローン用のものですね。さらに馬房にも使えるやさしい素材のペンキですから、ホームセンターでも見かけることがない商品です。しかし、ドローンの隣にこれと同じペンキ缶が置いてありましたよ。パーティのときに使われたであろう、赤色もね」
「わ、わたしがこれを持っていたから、犯人だっていうのか!」
 あきらかに動揺しはじめた、八十嶋さん。
 実折くんが、眉間にしわを寄せる。
「安蘭。馬房の前にある、赤のペンキ缶を五秒で持って来てください」
「はあっ? わ、わかったよ!」
 数秒で、安蘭くんはもどってきた。
 安蘭くんが手にしているペンキ缶には、もうほとんどのペンキが入っていない。
 八十嶋さんが、震える声でいう。
「ドローンで馬房の屋根を塗装したばかりだから、少ないだけだ」
「馬房の屋根は白でしたが……?」
「ぬ、塗り直したんだよ! いいだろ!」
「……監視カメラの映像を見てみてください」
 実折くんのスマホに、男がペンキを舞台に落としてしまうシーンが流れる。
 男が、あわてて缶の側面をつかみ、続けて取っ手に持ち替えている。
 缶の側面にも、取っ手にも、赤いペンキがべっとりとついている。
 そして、手の跡、指紋のようなものも、くっきりと。
「こんなペンキの付き方、そうそうしないですよ。映像を警察に渡せば、もっと詳細にわかるでしょうね。この缶と映像を照らし合わせれば、すぐにでも……」
 八十嶋さんが、わざとらしくため息をついた。
「もういい!」
 わずらわしそうに、前髪をかきあげ、カウンターにひじをつきはじめた。
 最初のころの、やさしそうな面影はもうない。
「どうして間藤のシークレットパーティにいた? 学生だよね、きみたち。中学生くらいかな。招待客の家族とか?」
「いえ、ぼくたちは、十六夜学園の在校生ですよ」
「……十六夜学園ッ? もしかして」
 八十嶋さんは数秒考えたあと、何かにピンときたようだった。
「きみたちは、菅主理事長の差し金か」
「まあ、差し金というか……」
 李豆くんが、ぼくを前に押しやった。
「このお方は、菅主実縫さま。理事長のお孫さんで~す♡」
「オレたちはその執事だっ」
 安蘭くんが胸を張り、得意げな顔をする。
 実折くんが、あきれた顔でそれを見ている。
 すると、八十嶋さんがいら立たし気に、頭をかいた。
「孫――だってッ? また十六夜学園かっ! なぜ、いつもわたしの邪魔をするんだ!」
「邪魔って、そんないいかたないんじゃない~? 八十嶋さんの母校でもあるんでしょ?」
 李豆くんがいうけれど、八十嶋さんは怒りをおさえるように、ギュッと手を握りこんだ。
「母校だって――ッ? そんなの関係あるか! 出て行ってくれ!」
 カウンターから出てきた八十嶋さんは、ぼくたちの背中を押して、むりやりクラブハウスから押し出した。
 ぼくはあわてて叫ぶ。
「ま、待ってください! まだ話は……! あの、もうすぐ間藤さんのアートオークションですが……」
「フンッ……間藤のアートオークションか。あいつの絵のどこがいいんだ? まったく、世の中の連中はあきれてしまう。昇降口に……十六夜のど真ん中に、あいつの絵を飾る菅主理事長にもな!」
 すると、八十嶋さんはニヤリと笑う。
「この世には、望月瀬音以外のアーティストはいらない! 彼の絵をひとりじめすれば彼の絵は、オレひとりのものになるんだからな!」
 そしてバンッ、と扉は閉ざされてしまう。
 ぼくたちはお互いの顔を見ながら、言葉をなくしていた。
「まさか、望月さんの絵を買い占めていた理由は、それ――?」
 ぼくたちは、ただの主人と執事だ。 
 警察や探偵のようなことはできない。
 しかし、アートオークションに八十嶋さんが来る可能性はひじょうに高い。
「――なんとかしないと」