時は流れ、立秋を過ぎた頃。広島の地に雲の魔神が押し寄せ、荒ぶる雨風を放ちました。
大月家では、仏壇の前で静かに法事が行われました。輝媛の表情は空模様のように重く沈んでいました。
「彩葉、ちぃとこっち来んさいや」
タケに呼ばれ、彩葉は縁側に来ました。二人は胡座をかいて、荒れ狂う雨風を眺めました。
「よーけ元気な台風じゃなぁ」
「好きなんですか?」
「ほうよ、嵐や雷は昔からわくわくするけぇ」
「分かります。……正直に言って、雨の日は、桜や蛍の光よりも身に染みます」
「ほうか」
タケは受け止めるように言い、それからふとたずねました。
「輝媛んこと、どう思うん?」
「魅力的で、家族思いで……わたしにも優しい方です」
「もう三年前じゃなぁ。あの子の母が亡うなったんは」
彩葉は衝撃を受けました。〝三年前〟という数字に心当たりがありました。
「どんな方だったんですか?」
「生真面目で責任感が強うて、いつも自分を犠牲にしてなぁ。61で倒れてしもうた」
(むしろ、60年もよく生き続けたなぁ)
「ほれから、輝媛はどうなったと思うん?」
タケのこの問いに、彩葉は背筋が凍りました。
(……考えるのも恐ろしい)
顔を青くしながら、彩葉は恐る恐る口を開きました。
「三年前って、わたしが手紙を送るのをやめた年ですよね。それから、先生が博士号を取った年」
「ほうじゃな。お前の手紙は、あの子の励みじゃったんよ」
「そう、ですか」
彩葉は内心、苦々しく思いました。
(わたしにとっては黒歴史の積み重ねですけどね……)
「あの手紙は、優しさの塊じゃった。あたしも読んどって幸せになったんよ」
(はず)
顔から火が出そうになりながら、彩葉は言いました。
「そりゃあ、自分の推しには幸せになって欲しいですから」
「ええ子じゃなぁ」
タケはほほ笑み、彩葉の頭を撫でました。
「中学が厳しすぎて、手紙を書く余裕もなくなったんです。出来が悪いから勉強し続けなきゃって」
「大変じゃったなぁ」
「ええ。救いは輝媛先生からの週2の手紙でした。わたしよりずっと熱心で、枚数も多くて」
タケは笑いました。
「あの頃は大変じゃったんよ。母が亡うなったことは、あの子が博士号取るまで知らせんかった」
(さぞ、恨まれただろうなぁ……)
「死人や老いぼれのために、若い時間が奪われるなど、あっちゃぁいかんのじゃ」
タケの揺るがぬ言葉に、彩葉は切なくも感心しました。
雨風が容赦なくガラス障子を叩き、音を響かせました。二人は静かにたたずみ、嵐の向こうを眺めました。
「なあ彩葉。十五夜は……晴れるとええなぁ」
「ですね」
「輝媛に怒られそうじゃが、あたしが死んだら月の都に行けたらええなぁ」
「かぐや姫ですか」
「ちぃさい時から、ずうと憧れとったんじゃ。月とかぐや姫に」
タケはきらめく目で雨空を見上げ、その横顔に彩葉は思いました。
(女の子だなぁ)
翌日、タケの様子が急変しました。食事をとらず、ずっと寝てばかりいました。
「おばあちゃん、どうしたん?」
輝媛は驚き心配しながらも、彩葉と克地に促され、弱っていく祖母に物語を語ってあげました。
そして9月14日。タケは静かに息を引き取りました。
