「……消しゴムいる?」
それは、あの出来事の数時間後。
何事もなかったように振る舞われ、カチンとくる。
「いらない。 沢野くんこそ、本を読むだけじゃなくて、ちゃんと勉強すれば?」
「それこそ、いらない。 僕が勉強なんてしても、それが無価値になるだけだ」
「無価値って、……そんなはずないでしょう。 勉強は大事なの。 将来のためにも……」
「……へえ。 君にある未来が、僕にも訪れると思わないでほしいな。 それに、君の前に来る確証もない」
…………ふっと、彼の存在が一瞬、儚くなった。
冷めた瞳の、あの嫌な錫色が、今は少し希薄な雰囲気を纏っている。
「……そ、そんなの誰だって一緒よ。 それなのに貴方だけサボるなんて、不公平よ」
「不公平? …………誰だって同じ土俵に立っていると思ったら、それは間違いだ」
「貴方だけ、特別で上席な存在だとでも言いたいの?」
睨むように告げた。
「特別ってところは合ってるけど……逆だよ。 上席なんかじゃない……君のほうが、ずっと上だ」
「どういう……」
言い返そうとすると、指で消しゴムをこちらに弾かれた。
「授業に集中したほうがいいよ。 あぁ、それと」
「……操り人形じゃないそっちの姿のほうが、ずっと良いと思う」
―――刹那。
その言葉は爆弾みたいに、頭にストックしていた皮肉を一瞬で消し飛ばした。
ときめいたとかじゃなく、完全なる不覚だったから。
「……そんなの、わけが分からない。 貴方は不快になったんじゃない? それに関しては、申し訳ないと思ってる……でも、それを良いとするなんて、不可解よ」
咄嗟に言葉を紡ぎ出した。
この感情は、『不可解』で済むレベルじゃない……。
だけど私は、これ以外は、どうしてもニュアンスが違う気がした。
今まで頑張ってきたはずなのに、こんなサボり魔にも対応できない自分が悔しい。
行き場のない感情を抱えて、私は、机の下で拳を固く握った。
「歩乃ー、今日、珍しく発表してなかったじゃん。 どしたのー?」
「なんにもないよ、澄奈。 ……だってほら、私昨日夜更かししちゃったからさ、眠たくて授業どころじゃなかったんだよね」
「あー、なるほどねー。 そういえばそんなこと言ってたね」
澄奈の台詞を聞いて、タイミングを図ってからはにかんだ。
「そうそう。 昨日もっと早く寝ればよかったなーなんて。 えへへ」


