君に届くのは、10分の1だけ

窓の外はまだ暗い。
時計の針だけが、少し進んでいる。

夢じゃない、と思った。

去年と同じだった。
でも、ひとつだけ違う。

今の私は、
どれだけ渡したのかを考えないようにしていた。

考えたら、
その先の時間まで全部見えてしまいそうだったからだ。

翌日の夕方、
律から短い連絡が来た。

熱、少し下がった
数値も昨日よりましだって

その二行を見た瞬間、
私はスマホを握ったまま動けなくなった。

去年と、同じだった。

良くなるはずのないものが、
急に少しだけ持ち直す。

それがどういうことか、
私はもう知っている。

数日後、
律から珍しく長めの連絡が来た。

少しだけ出られそう
外、歩きたい

その文を見た瞬間、
私は少しだけ目を閉じた。

行き先は、聞かなくても分かった。

約束した場所があった。
未来ノートにも書いた場所があった。

待ち合わせたのは、夕方の駅だった。

律は前より痩せて見えた。
でも、笑った顔はちゃんと律だった。

「寒いな」

会ってすぐ、そう言う。

「冬だから」

私が返すと、律が少し笑った。

「この前まで、起きてるだけでしんどかったのに」
「急に楽になった」

そこで一度言葉を切って、
律は小さく息をつく。

「去年のときと、ちょっと似てる」

その笑い方が見られただけで、
胸の奥が熱くなる。

私たちは駅から川沿いの道へ向かった。

あのときと同じ道。
告白した場所。
手が触れた場所。

冬の夕方は、前よりずっと静かだった。
風が少し強くて、
川の水も冷たそうに見える。

律が言う。

「なんか、あの日みたいだな」

私はうなずく。

「……うん」

本当は、あの日そのものみたいだと思っていた。
でも、そう口にすると何かが崩れそうで言えなかった。

少し歩いて、
前に立ち止まったあたりで
私たちは自然に足を止める。

律が川のほうを見る。

「あのとき、水瀬、すごい黙ってたよな」

「今もそんなに変わらない」

そう返すと、律が笑う。

「たしかに」

その笑い声を、
私はひどく大事なものみたいに聞いていた。

今日は、何でもないことをたくさん覚えておこうと思った。

風の向き。
律の歩く速さ。
咳をした回数。
笑うまでの間。
名前を呼ぶ声。

全部、忘れないようにしたかった。