人形姫と秘密のお役目 -1-

 蒼真もそれに気づいたのか、小さく咳払いをひとつ落とした。


「……夜桜さん、どうぞ」


 何事もなかったかのように言い直す。

 完全に誤魔化せてはいないが、大きく崩れることもない。

 私はそのまま前に出た。

 教卓の横に立つと、改めて視線が集まるのを感じる。

 けれど、それ以上でもそれ以下でもない。

 必要以上に言葉を重ねる理由はなかった。


「……夜桜澪、です」


 それだけを告げる。

 短い沈黙のあと、どこかで小さく息が漏れた。


「え、それだけ?」


 かすかな笑いが混じる。

 けれど、すぐに収まった。


「はい、じゃあ席は――あそこ」


 蒼真が軽く指した先は、前の方の席だった。

 私は頷き、そのまま歩く。

 机の間を抜けながら進み、指定された席の前で足を止める。

 椅子を引き、静かに腰を下ろした。

 人形を抱いたまま。

 そのとき、不意に背後からひとつの視線を感じた。