前世の婚約者は王太子殿下でした

「皆には今まで世話になった。これは少ないが足代にでもしてくれ」

 江蔵が使用人たちひとりひとりに茶封筒を渡していく。
 みんなわけがわからずそれを受け取り、手にしたまま呆然としていた。

「お父様、いったいどういうことですか?」

 桜和があらためて問うと、江蔵はつらそうに眉間にシワを寄せた。

「どうもこうもない。この家は今日で終わりだ。皆、実家にでも帰りなさい」

 外に働きに出された使用人は、突然帰れと言われても帰る場所などない。
 それは江蔵も重々承知しているが、そうするしかなくなったのだ。

「桜和、お前も荷物をまとめるんだ。当然持ち歩ける分だけにしなさい。あとは置いていく」
「嫌です。私はここにいます」
「会社が潰れた。莫大な借金だけが残っている。明日、タチの悪い借金取りがここに来るだろう」

 伯爵の爵位を賜っている菊地家は元々資産家だった。
 明治の世になり諸外国との貿易もさかんになったことから、江蔵は先祖から受け継いだ資産を元手に輸入業の会社を営んでいた。
 しかしそれがうまくいかず、借金が増え、ついに倒産に追い込まれてしまった。

「タチの悪いって……」

 裏街道を行く怖い人たちが大勢で押し寄せてくるのを想像した桜和は、顔から血の気が引いた。
 なにか危害を加えられるかもしれない、と。