甘い夢はもう見ない〜お見合い結婚から始まる両片想いの恋〜

「いいなぁ、アメリカ。常務、私も連れて行ってもらえませんか?」

帰りの車の中で、戸部がバックミラー越しにそう声をかけてきた。

「だめだ。桜子と二人で行くんだから」
「分かってますよ、ラブラブなハネムーンですよね。それにしても、本当に常務は奥様を愛してらっしゃいますよね。私の理想のご夫婦です。羨ましいなぁ」

しみじみと呟く戸部に、左京は複雑な思いで窓の外に目をやる。

(愛している、か……)

ポツリと心の中でひとりごちた。

確かに自分は桜子のことが好きだ。
いつの間にかどうしようもないほど心奪われている。
それは認めざるを得ない事実。

だがそれを口にしてはいけないのだ。
なぜなら、これは価値観で合意したお見合い結婚だから。

(失いたくない。この生活を)

そう思い、左京は己の振る舞いにブレーキをかけてきた。

結婚当初から桜子は気を遣って、左京より先に寝室に入ることはしない。

それが分かり、左京はやり残した仕事を寝室のベッドの上でこなすようにしていた。

桜子が寝室に来ると明かりを絞り、「おやすみ」と声をかける。

桜子はあどけない表情で「おやすみなさい」と微笑み、スーッと眠りに落ちるのだが、無防備なその寝顔を見ているうちに、思わず腕の中に抱き寄せたくなってしまった。

(いけない。もし桜子が目を覚まして、そんな俺に嫌悪感を持ったら? やめてとつけ放され、もう一緒に住めないと言われたら……この結婚は終わってしまう。それだけは嫌だ)

気を抜けば柔らかなその頬に触れそうになる自分が怖くて、左京は桜子と同じタイミングでベッドに入ることをやめた。

桜子が寝入ってからそっとベッドに入り、なるべく寝顔を見ないように背を向けて眠る。

本当は触れたくて触れたくてたまらない気持ちを、懸命に押し殺しながら。

(桜子が俺と結婚してくれたのは、俺のことが好きだからではない。勘違いするな)

ただ自分にそう言い聞かせる毎日。

この先どうなるのか、どうすればいいのか。

果たして自分はどこまで己をコントロール出来るのか。

(結婚してから妻に恋してしまうとは……)

結婚後の夫婦生活や子どもについて、以前なら淡々と話し合えただろう。

だが今は、冷静にはなれそうにない。

(心のままに伝えられたら、どんなにいいだろう。君が好きだと)

考えれば考えるほど、左京は悩みから抜け出せなくなる。

やがてマンションに着くと、玄関のドアの前で気持ちを入れ替えるように深呼吸した。

「ただいま」
「お帰りなさい」

ドアを開けると、桜子にいつもの笑顔で出迎えられ、左京の心は一瞬で温められる。

「ただいま、桜子」
「お仕事お疲れ様でした。すぐに夕食にしますね」
「ありがとう」

にっこり笑いかけてくれる桜子を手放したくない。

この笑顔を守る為なら、自分の気持ちを封じ込めてみせる。

そう左京は改めて心に刻んだ。