甘い夢はもう見ない〜お見合い結婚から始まる両片想いの恋〜

ところがどっこい。
後日、先方から「結婚の話を進めたい」と言われ、桜子は驚きを通り越して、なんの手違いかと思案する。

(あれじゃない? たくさんお見合いしすぎて、誰かと名前を間違えてるとか? 私の顔と『白雪(しらゆき)桜子』って名前のリンクが外れちゃったのよ)

名前だけでお嬢様だと勘違いされ、顔を見て「なんだ……」とがっかりされるのは、これまでの桜子の人生で、もはやお決まりの流れだった。

(どなたかお美しいお見合い相手を、『白雪桜子』だと思い込んじゃったのね。うーむ、どうしたものか。顔認証で弾かれましたって通知がいかないかしら)

困り果てていると、ふらっと橘が料亭に食事をしに現れた。

「こんばんは、桜子ちゃん」
「こんばんは、橘様。いらっしゃいませ」

いつものようにカウンター席に座る橘の前に、桜子はおしぼりと先付け、熱燗を並べる。

こうして改めて見ても、どこかの中小企業の社長さんという雰囲気で、ホールディングスの社長だとは信じられなかった。

「桜子ちゃん。お父上から聞いたかな? 息子が桜子ちゃんとのお見合いの話を進めたいと言ってるんだ」
「それなのですが……。ご子息は私を別の方と勘違いされているのではないでしょうか? どなたか、直近でお見合いをされたご令嬢と」

すると橘はキョトンとしてから笑い出す。

「うちの愚息がお見合いしたのは、あとにも先にも桜子ちゃんだけだよ」
「ええ!? そうなのですか?」
「ああ。これまで色んな仕事の関係者から見合い話をを持ちかけられたが、頑なに断っていた。私が『いい人がいるんだ』と言って桜子ちゃんのことを話したら、初めてお見合いしてもいいと。実際に会ってみて、桜子ちゃんとの結婚を真剣に考えているようだよ」
「まさか、そんな。どうしてそんなことに……?」

桜子はますます困惑した。

「私、知らぬ間になにか秘密や弱みを握ってしまったとか?」
「ん? 桜子ちゃん、ミステリー好きなの?」
「そうなんです。きっと私は、橘ホールディングスに関わるなにか重要な機密事項を……はっ、もしや! 橘様がお酒に酔って、うっかり秘密の暗号やらを私に漏らしてしまったとか? それを私が思い出す前に、口封じを……」
「おお、物騒だな。サスペンスになってきたよ」
「あの、ご子息はなにをお望みなのですか? なにも口外するなとおっしゃるなら、指紋も入れて誓約書をご用意します。暗号がなにかは分かりませんが」
「望みは君との結婚だけだと思うよ」

そんなはずはございません!と頭を抱える桜子に、橘は楽しそうにお酒を飲む。

「それで? クライマックスはどうなるの?」
「秘密を握ったことの自覚がないまま、私は部屋に軟禁され、夜眠っている間に催眠術にかけられて、記憶を消されるのです。そして用済みとなった私は、ポイッと追い出されて離婚を突きつけられ……。あ、それなら最初から婚姻届を出さなければいいのではないですか?」
「なるほど、面白い推理だ。だがそうすれば、君が疑うだろう? 婚姻届を出さない理由はなにか。そこに秘密があるのでは? と勘づいてしまう」
「確かに。背に腹は替えられぬという訳ですね? ご子息が、バツイチになるのも致し方ないとお考えになるほど重要な秘密……。それは一体なんなのでしょう?」
「なんだろうねぇ、気になるな」

うーん……と考え込んでから、桜子は顔を上げる。

「かしこまりました。橘様、もう一度ご子息にお目にかかり、対峙させていただければと存じます」
「おおー、これは見ものだな。両者一歩も譲りそうにない」
「ええ。ご子息の本当の目的を探り出してみせます!」

そうして今度は二人だけで会うことになった。