甘い夢はもう見ない〜お見合い結婚から始まる両片想いの恋〜

さかのぼること半年前の1月。

父が営む小さな料亭『しらゆき』で若女将をしていた桜子は、常連のお客様に「一度息子とお見合いしてくれないか?」と頼まれて頷いた。

美人でもなければキャリアウーマンでもない自分がお見合いをしたところで、先方に気に入られるはずはない。

する前にこちらから断るよりは、一度お会いして先方から断ってもらった方が角が立たないと思ったからだ。

案の定お見合いの席では、これと言って話も弾まず、「あとは若い二人でごゆっくり」的な展開にもならず、ただ父親同士がいつものようにおしゃべりするのを聞きながら食事をしただけだった。

しかもなぜだがお相手の男性は、眉目秀麗、かつ高潔優雅。
整った顔立ちと気品漂う佇まいで、言うなればイケメン王子。

更に驚くことに、差し出された名刺には

橘ホールディングス株式会社 常務取締役
橘 左京

と書かれていたのだ。

(たちばな)ホールディングスは、創業300年の老舗旅館を(いしずえ)に、日本国内はもとより世界各国に高級旅館やホテル、レストランやリゾート開発を展開している。

京都にある老舗の旅館『橘』には、桜子も仕事の参考にさせてもらおうと家族で宿泊したことがあり、そのおもてなしの素晴らしさやスタッフの所作の上品さに感激していた。

(ということは、常連の橘さんって、橘ホールディングスの社長ってこと?)

いつも一人でふらりと現れ、カウンター席で父と談笑しながら食事をする橘は、確かに仕立ての良さそうなスーツを着ているが、およそそんな大企業の社長の貫禄は見せず、人の良いおじさんという印象だった。

妻とは10年前に死別し、一人暮らしの部屋に帰るのも寂しいからと、週に1度は必ず『しらゆき』に顔を出してくれる。

実はそんな地位も名誉もあるお方だとあらば、なぜ自分とのお見合いを大切なご子息に勧めたのか分からない。
今、目の前に座っているお相手も、恐らく同じ思いだろう。

なぜこんな小娘と?と。

きっとどこぞのご令嬢とのお見合いだと、騙されて来たに違いない。

とにかく早くこの場を切り上げて開放し、「ふう、やれやれ。とんだ食わせものだったぜ。あばよ」と立ち去っていただこう。
それでこの話はなかったことになる。

そう思い桜子は、口数も少なくうつむいたままお見合いを終えた。

(お目汚し失礼しました。どうぞ黒歴史として、酒の席での笑い草になさいませ)と心の中で呟きながら。