甘い夢はもう見ない〜お見合い結婚から始まる両片想いの恋〜

15分ほどで、車はパーティー会場のホテルに到着した。

先に車を降りた左京が再び桜子に手を差し出し、そのまま自分の左肘に掴まらせる。

「常務、奥様、それでは私はここで。お帰りの際、またお迎えに上がりますね」
「ああ、ありがとう戸部」

桜子も「ありがとうございます」と戸部に微笑んだ。

「行こうか」
「はい」

二人並んでエントランスに入ると、ドアマンが「ようこそいらっしゃいませ、左京様」と深々とお辞儀する。
左京も頷いて目礼した。

「左京さん、お知り合いなの?」
「ん?」

そっと尋ねると、左京はなにやらおかしそうに笑う。

「ははっ、そうだな。子どもの頃からのね」
「お友だちだったとか?」
「そうだといいな」

桜子が少し首をかしげて見上げると、左京は優しく目を細めて桜子に微笑む。

「ここは橘グループのホテルなんだ」
「えっ、そうだったんですね。ごめんなさい、知らなくて」
「いや、ホテルの名前に橘を使っていないから、知らない人の方が多い」
「でも私、橘ホールディングスについてきちんと知っておきたいです。帰ったら色々調べますね」
「無理しなくていいから。だけど、その気持ちはとても嬉しい」
「はい」

いつもと違う雰囲気の左京に、いつもと違う距離感。

ゴージャスなホテルのロビーを横切りながら、まるで別世界へとやって来たような気分になり、桜子は足元がふわふわする。

思わず左京の腕に掴まった手に力を込めると、左京が右手を重ねてきた。

「どうした? 大丈夫か?」

心配そうに顔を覗き込まれて、桜子は頬を赤く染める。

「大丈夫です。ちょっと……緊張してしまって」
「俺もだ」

え?と、桜子は顔を上げた。

「左京さんが? どうして? 高級ホテルもパーティーも慣れていらっしゃるでしょう?」
「君が、あまりにもきれいで……。いや、ごめん。そういう意味じゃないんだ」

ええ?と桜子は混乱する。

「きれいじゃないということですか? それはまあ、そうですけども」
「違う、そうじゃない」

きっぱりそう言ったものの、左京はその先を続けない。

ええー?と、ますます桜子は困惑した。

(気を遣わせてしまっているのだわ。本当は『馬子にも衣装』と言いたいところを、なんとか別の言い回しはないものかと)

うーん、と桜子は思案する。

「『鬼瓦にも化粧』は、いかがですか? あとは『木偶(でく)も髪形』とか」
「え?」

怪訝そうにしたあと、左京はクスッと笑った。

「まさか。『錦上添花(きんじょうてんか)』だよ」

目を細めながら笑いかけられ、桜子はまるでウインクされたような気がして、一気に顔が真っ赤になる。

「ん? 大丈夫か?」

左京が心配そうに、右手で桜子の頬を包んだ。

「熱いな。ひょっとして熱がある?」
「いえ、あの。夏なので暑くて」
「クーラーが効いてないのか」
「いえいえ、そんな。お気になさらず。あ、エレベーター来ましたよ」

桜子はそそくさと左京の腕を引いて、エレベーターに乗り込んだ。