甘い夢はもう見ない〜お見合い結婚から始まる両片想いの恋〜

「改めて、あなたたちにお詫びします。あの時、まだ高校生と短大生だったあなたたちを置いて家を出たこと、本当にごめんなさい」

気持ちが落ち着くと、ダイニングテーブルでお茶を飲みながら、母はまた頭を下げた。

「あの頃のお母さんは、もう頭が正常に働かないほどいっぱいいっぱいだったの。料亭で女将をしながら、お父さんとの関係が上手くいかなくて。家でも一緒、料亭でも一緒、定休日も買い出しと仕込みでずっと一緒。もうね、息苦しくて。でも浮気された訳でもないし、暴力を振るわれた訳でもない。休みの日も料理の仕込みをしているお父さんに、文句を言ってはいけないって、ひたすら我慢して我慢して、爆発しちゃったのね。『もうここにはいられません。出て行きます』ってお父さんに言ったの。そしたら『なにが不満なんだ?』って。でも説明出来なかったのよ。冷静になれないくらい感情がぐちゃぐちゃで、とにかく一刻も早くこの場から去りたいって、財布だけ掴んで飛び出したの。そのまま実家に帰って、部屋に閉じこもって。両親に『お願いだから離婚させて』って泣いてすがって、お父さんに離婚届を送ってもらったの。ようやく離婚出来たってホッとして、数か月はボーっとしたままで、そのあとようやくハッとしたの。紅葉と桜子を置いて来てしまったなんて……って」

当時を思い出したのか、母はまた新たな涙を流す。

「慌ててお父さんに、二人を引き取りたいって連絡したら、怒られたの。『今更なにを言ってる?』って。当然よね。どうにかして二人と話をさせてと頼んでも、断られて。そうやって揉めている私を見ているうちに心労が溜まったのか、おばあちゃんが倒れたのよ。そこからは看病に必死になって。そしたらおじいちゃんまで倒れて、もう無理だって。あなたたちを引き取っても、私では幸せに出来ない。このままお父さんと暮らした方が二人の為にもいいんだって、諦めるしかなかった。自分勝手な母親よね。だから名乗り出る資格なんてない。せめてあなたたちの生活を邪魔しないようにしなければって、どんなに連絡をくれても冷たくあしらってたの」

そういうことだったのかと、桜子は紅葉と視線を合わせた。

「紅葉からも桜子からも結婚式の招待状をもらって、本当に嬉しかった。だけど、離婚した私が出席したのでは、お祝いの席に水を差してしまう。お相手の方のご家族にも会わせる顔がない。そう思って、もう連絡してこないでってあなたたちに伝えたの。お願いだから、私のことは忘れてって。絶対にもう会えないと思っていたけど、子どもが生まれたって連絡をくれた時は、嬉しくて飛んで行きたくなってしまったわ。どうにかしてひと目だけでもこっそり会いに行きたい、いや、そんなことは出来ないって葛藤して。そんな時、左京さんがお手紙をくださったのよ」

桜子は隣に座る左京をそっと見上げる。
どんな内容の手紙を書いたのかは、聞かされていなかった。

「左京さんの亡くなったお母様への想いを知らされて、もう涙が溢れて止まらなくなったの。どんなに会いたくても会えない。どんなに孫に会わせてあげたくても、叶わない。だけどあなたには、まだ会うことが出来る。孫を抱けなかった母の分まで、あなたが息子を抱いてやってくれませんかって。あなたに会えなければ、息子は祖母の腕の温もりを知らずに育つことになりますって。その瞬間、居ても立ってもいられなくなったの。どんなにののしられてもいい。土下座してでも孫を抱かせてほしいって」

それを聞いて、桜子の目にも涙が浮かぶ。

「左京さん……」

見上げると、左京は優しく微笑んで、テーブルの下でギュッと桜子の手を握った。

「ありがとう、左京さん」

涙で声を詰まらせる桜子に、左京は小さく頷いた。