「美咲、あのさ、僕たちせっかく別れるんだったら、これに応募してみないか?」
そう言って隼人がスマホを渡す。『せっかく別れるんだから』という物言いはちょっと気にくわない。

スマホの画面は某テレビ局のSNSで出演者募集の案内が映し出されていた。

"美しい別れを映像に残しませんか? 最も視聴者人気の高い別れはMBPPとして表彰、賞金は500万円"

「何、MBPPって?」
「スクロールすると書いてある」

"Most Beautiful Parting Partner”

「最も美しく別れたパートナー、か……でも、Parting Partnerって、別れてるのか、くっついたままなか、表現がイマイチね」

「どうだろう美咲、別れたあと、僕はなんとかやっていくが、君は生活費の足しが少しでもあったほうがいいだろう。MBPPをとれなっくても、出演料が二人で百万円出る。全額君にあげてもいい」

私はしばらく考え込む。

「百万で、別れという醜態を全国の視聴者に電波でさらすのか。しかも真夜中のライブ配信で……『生き恥料』、ね。まあ別に私はいいけど。でも、隼人はなんでこの番組に出たいの?」

「……それは、美咲に恋したこと、一緒に暮らしたこと、そして別れたことも、美しい思い出として残しておきたいからさ」
「そう? でも私たち、別れるのよ。そんな思い出を残しても……」
「君は、その理由も教えてくれず、急に別れを切り出した。しかも、頑なに。君の表情を見れば、その決意は変わらないことはわかる。そして、決して僕のことを愛せなくなったわけでもないと君は言う。それが嘘でないこともわかる。僕はキミのことをよく知っているつもりだ……だからこそ、きれいな思い出として残しておきたいと思うんだ」
少し間を置いて彼は付け足した。
「ひょっとしたら、僕と別れたい理由を出演中に話してくれるかも知れないしね」
私は、軽く首を振る。
「それは、絶対ないわ。でもわかった。じゃあ、応募しましょう、別れのリアリティ・ショー、『ByeTOPIA』に」

応募して二週間後、出演依頼と説明会案内の通知メールが来た。別れる理由を書かずに、よく通ったものだ。
説明会から二週間後。
私たちは、集合場所のJR新前橋駅に降り立った。
隼人は大きなスーツケースを足元に置いた。彼はこのロケの後、そのまま二人で住んでいた部屋を出て、私だけがその部屋に戻る……そのうち実家に帰る予定だが。
駅の改札口前には、すでに八組のカップルが集まっている。みんなこれから別れる、ワケありのカップルばかりだ。

ロケのディレクターが挨拶し、私たち一行を駅の片隅のホームに案内した。
そこには、濃紺のボディーの二両編成の電車が停まっている。

「説明会でも案内しましたが、みなさんは一両目の車両に乗っていただき、ペアごとにボックス席に座っていただきます。自由に会話してください。我々撮影スタッフは二両目の車両で動画と音声の調整や流す映像のスイッチングなんかをやります」
「え、撮影はどうするんですか?」
銀縁メガネに地味目な服装の女性が質問する。
「みなさんの会話を邪魔したり、ムードを壊したりしないように、それぞれの席の上にカメラとマイクがセットしてあります」
「席はずっと同じところに座ったまんま?」
マイルドヤンキー風の男性が質問する。
「途中で変わっていただいても構いません、他のペアと一緒になっていただいても構いません」
「じゃあさ、別れた者どうし、その場で新しいカップルになったりしてもいいの?」
マイルドヤンキーが続ける。
ディレクターは少し困惑したが、すぐに表情を戻した。
「筋書きのないドラマとして、それもアリです。最終的に終点の小山駅に着くまでには『元のカップル』とは別れてください」
「二人とも電車に乗ったままですか?」
シニアな男性が手を上げ質問した。
「できれば、お二人のうち、どちらかが、どこかの駅で電車から降りてください……その方が絵になりますから。電車を降りた方には、タクシーを手配します」


私たちはレトロ感漂う臨時列車に乗り込んだ。
なんとなくそれぞれのペアの席が決まった。
背もたれが直角な椅子に腰かけてみると、カメラは天井だけでなく窓の下にも備え付けられていた。

ドアがプシュ―ッと閉まった。ブワンと警笛を鳴らすと、電車が静かに動き出した。


しばらく、隼人と私は無言で向かい合った。
「ベランダの、椎の木の苗木、僕がどんぐりから育てたやつ。三日置きくらいに水やりしてくれる?」
「うん、わかった」
「あ、それから、乾燥浴室のフィルター、そろそろ掃除した方がいいかな」
「うん、わかった……フフフ」
「?」

「なんか、こんな時にこんな場所で話すことってあまりないね。カメラ回ってるみたいだけど、面白いのかな?」
「僕たちはMBPPは望めそうもないな」と笑う。
そうね、と私もつられて笑う。

隣りのボックス席をふと見ると、初老の夫婦がしみじみと語り合っている。さっきディレクターに質問した男性とその奥さんのようだ。聞き耳を立てていると、結婚した時から子供が生まれて独立するまでの思い出話をしているようだ。

男性と目が合った。
「差支えなければ、そちらの席にうかがってもよろしいですかな?」
隼人が私の顔をちらりと確認し、返事した。
「ええ、どうぞ。ちょうど、今さら話すことなんてないねって困っていたところだったんです」
それではと、老夫婦は私たちのボックス席に移動してきた。

少し勇気を出して聞く。
「不躾な質問ですけど、お二人は、とても仲が良さそうに見えるのですが、別れてしまわれるんですか?」
老婦人が笑顔で答える。
「あら、不躾だなんて遠慮しないで……私たちはこれから、それぞれの故郷を選ぶの」
「故郷を?」
「ええ、実はね、私はこの先の足利駅の出身なの。亭主は遠く離れた、鳥取の生まれ」
「そう、十分二人で暮らしていい思い出をたくさん作ったし、それぞれの生まれ故郷に骨をうずめるのもいいかなと」
「そんな、割り切れるものなんですか?」隼人が驚いて聞く。
「まあ、それだけ二人の生活が充実してたってことね……本音を言うと、あと五年か十年かわからないけれど、一人で気兼ねなく暮らしたいっていうのもあるし」そう言って老夫人は茶目っ気のある笑みを浮かべた。

「ところでお二人のことを聞いてもいいですかな?」初老の男性が私たち二人の顔をかわりばんこに見遣る。
「……構いませんが、それは私にもわからないんです。彼女が頑なに教えてくれないんで」
隼人は嫌みなくそう答えた。
男性は被っていた帽子を脱ぎ、私の瞳を見つめる。
「そうだったんですか」彼はそうつぶやいた。

夫人の生まれ故郷の沿線でもある両毛線の各駅の名物名所を話し始めたので、この話はそこで終わった。
そんな話を十分ほどすると、ご夫妻はお邪魔しましたと隣の席に戻った。

「えー、おたくもそうなんですか! ホント、『性』の不一致ってバカになんないっすよね」
大声が聞こえたので私たちの後ろの席を覗くと、四人の若者が座っていた。マイルドヤンキー風カップルと地味目カップルだ。

「俺のがデカくて、コイツのが小さい……痛くてシンドイ」
「ウチは逆、私のが小さくて、この子のが広くて大きい」
「ちょっと、そんなこと人前で大声で言わないで!」駅で質問した銀縁メガネの女性が慌てて遮った。
「なら、いっそのこと、こうしようよ? パートナーをとっかえっこするの。大きいの同士、小さいの同士」
ヤンキー男の連れがスゴイ提案をしてきた。
四人は、新たなペアで、それぞれのボックス席に座り直した。
こいつらにMBPPなんか、あげて欲しくない。

夜行の臨時電車が、足利駅に着いた。

初老の男性が荷物を降ろすのを手伝い、婦人がホームに降り立った。
二人はしばらく抱き合う。
ピリリリとホイッスル音が鳴り、夫は車内に戻った。

二人は手を振りもせず、お互い見つめ合う。
こういう別れ方もあるんだな。
MBPPはこの二人がもらえるといいなと思う。

そのあと、同乗している何組のカップルと話をした。

キャリア志向の彼女は仕事を選んだ。
イビキや歯ぎしりなど、お互いのクセが我慢できない。
ただただマンネリ。
彼氏の転勤先について行きたくない。
……などなど、別れる理由は様々。でもネタとしてはどれも面白みに欠けるような気もする。
これでライブ中継『ByeTOPIA』は成立するのだろうか? ひょっとしたら、例の四人の『スワッピングカップル』をカメラで追いかけた方が大衆受けをするのかもしれない。

この後、私たち含め、それぞれのペアは自分たちの席に戻り、お別れ前、最後の会話を交わす。

同じ大学のサークルにいて、その時は特段意識していなかったこと。
バイト先に隼人が偶然入ってきて、私が厳しく指導したら恐いという印象を持たれたこと。
以前つき合っていた彼氏にフラれた時、ただただグチを聞いてくれたこと。
一緒に暮らすようになって、彼が几帳面で私のズボラさが目立ったこと。
……そして、私の誕生日。お祝いの食事の場で、私が別れを切り出したこと。

「結局、別れの理由、話してくれなかったね」
「ごめん」
「いや、いいんだ……で、これから一人でどうする?」
「前やっていた仕事、復職できないか聞いてみる」
「……ぼくと一緒にいれば、お金の心配なんかいらないのに」
「ごめん、それはできない」
「わかった」

彼はそのまま黙り込んだ。
奥さんと別れたばかりの初老の男性が彼を手招きする。
ひと言ふた言、会話をし、彼が戻って来た。

何か言いたそうだったが、次の停車駅のアナウンスが流れた。
「次は岩舟駅、岩舟駅です」

私はこの駅で降りると決めていた。

照明のほとんどない駅に二両編成の電車が着く。
ドアが開き、私は降りる。

電車の中にいる彼に向き合う。
バイバイと手を振る。
彼は呆然と立ったまま。
私は「笑って」と頼む。
彼の顔が無理やり笑おうと歪む。

ドアが閉まる。

その瞬間。
彼は閉まりかけたドアをすり抜け、ホームに飛び降りる。
スーツケースを車内に残したまま。

「どうして教えてくれなかったんだ? そんな大事なこと!」
「な、なんのこと?」

「あのおじいさんから聞いたんだ」
「何を?」
「あの人は元お医者さんだって……君が余命が僅かしかないことを隠してるんじゃないかって」
「そ、そんな……いくら元お医者さんでも、私の病気のことなんかパッと見でわかるわけないでしょ!」

「いや、そういうことじゃないんだ」
いつの間にか電車のドアが再び開いており、そこから初老の男性が降りてきた。その男性は続ける。
「長年患者さんを診ているとね、わかるもんなんだ。独りだけで自分の命を背負ってしまっている人がね」
「美咲、ごめん……こんなに近くにいながら気づいてあげられなくて。ぜんぶ僕が悪いんだ」
隼人が私の肩に手を置いて頭を下げる。
私はその手をゆっくりと、どける。
「ううん、いいのよ。私、隠し通そうと必死だったんだから」
「な、なぜ隠そうと?」
隼人の質問に答えずに、私は初老の男性を睨む。
「なぜあなたは秘密にしておいてくれなかったんですか? 私はこの人と生きたまま別れたかった……この人の悲しい顔を見ながら死ぬのなんて嫌だ」

男性は真顔で私に向き直る。
「差し出がましいことは十分承知の上で申し上げます。もし仮に彼に隠し通せたとしも、あなたはどんどん辛くなるばかりです。それに、あなたが打ち明けてくれなかったことの方が彼をずっと悲しませることになりますよ」

隼人が再び私の肩に手をかけた。
「そうだ。僕は君の悲しみをちゃんと受け止める。だから、ちゃんと聞かせて欲しい」

私は自分の病気のことを知ってからずっと、言いたくて言えなかったことばを口にした。

「私の命は、あと僅かです。でも、その時……本当のお別れの日が来るまで、一緒にいてくれますか?」

「もちろん。絶対離れない」
そう言って私をきつく抱きしめた。


ホームには、いつの間にかディレクターとハンディカメラを構えたスタッフがいた。

私から腕を解いた彼は、それに気づきカメラごとスタッフを地面にねじ伏せた。
「な、何をする! せっかくMBPP受賞者の美味しい絵を撮っていたのに!」

彼は起き上がり、ディレクターを半笑いで睨む。
「カメラを壊しちゃったかな。すみませんがMBPPの賞金を貰えるなら、それでカメラを弁償します……あれ、僕たち別れていないから失格か……いずれにしても、美しい思い出の映像なんて、もう要らない」

おわり