――あれが、異喰。
頭では理解していたはずの存在が今、⽬の前にいる。
訓練で⾒た資料とも、壁画の中の怪物とも、まるで違う。
巨⼤な影。
不定形で、ぬめりを帯びた⾁の塊。
⼈の形をしているが、⼈間ではないもの。
死なんて、承知の上だった。
覚悟だって、ちゃんと決めてきたはずだ。
それなのに――。
(……動けない)
⾜が、地⾯に縫い付けられたように動かなかった。
視界が狭まり、指先から⼒が抜けていく。
⼿が震え、呼吸が浅くなる。
本能が、全⼒で拒絶していた。
――あれは、近づいてはいけないものだと。
異喰の群れは、着々と距離を詰めてくる。
その圧倒的な質量と数に、美織は⼩さく⾆打ちをした。
「……チッ」
腰のホルスターから、迷いなく錐⼑を引き抜く。
もう⽚⽅の⼿には、磁極砲。
その姿を⾒て、時川もまた、乾いた笑みを浮かべた。
⾃嘲が混じった、けれど覚悟の滲む笑みだった。



