澄華と陽⽃が同時に顔を上げ、ドアの⽅を⾒る。
そこには、腕を組んでドア枠にもたれかかる氷室凛の姿があった。
「班⻑……」
陽⽃が⼩さく声を漏らした、その時。
「俺もお邪魔してるよ」
凛の背後から、ひょっこりと顔を覗かせた⼈物がいた。
「……時川、班⻑……!!」
額に巻かれた包帯が痛々しい。
右⽬には厚く包帯が当てられ、⼿⾜にも処置の痕が⾒て取れた。
澄華は、思わず息を呑んだ。
「時川班⻑……っ、⽬……!」
思わず零れた声に、時川は困ったように苦笑して、頬をかいた。
「はは、困っちゃうよなぁ……。失明しちゃったよ」
あまりにも軽い⼝調だった。
「……し、失明……?」
陽⽃が、呆然としたまま⾔葉をなぞる。
時川はそんな陽⽃を⾒て、わざとらしく肩をすくめた。
「ま、⽬⼀個で済んだのが奇跡なくらいだけどね。」
その声は穏やかだった。
冗談めかしてさえいた。
けれど――
澄華には分かった。
時川の残された左⽬に滲む、⾔葉にできない疲労。
⾝体の傷よりも深い、消耗。
何かを必死に押し殺している⽬だった。
そして、それは時川だけじゃなかった。
凛も同じだった。
⼀⾒、昨⽇と何も変わらない。
姿勢も、表情も、声も。
鋭く研ぎ澄まされたその瞳も――
けれど、その奥に光がなかった。
澄華は、その⽬を知っていた。
追い詰められ、⾃分の存在価値を⾒失った⼈間の⽬。
⽗に守られて⽣還した隊員たちの中で、⽣き残ったことを罪だと思い、
澄華に「許してほしい」と謝り続けた隊員たちは皆同じ⽬をしていた。
⽣きてしまったことを、悔いている⽬。
守れなかった命を、背負いきれずにいる⽬。
澄華は、無意識のうちに拳を握りしめていた。
この⼈たちも――壊れかけている。
「……」
部屋に重い沈黙が落ちる。
その沈黙を、凛が乱暴に踏み潰すように⼝を開いた。
「いつまでも湿っぽくしてんじゃねぇ。
⽣きて帰ってきた以上、やることは⼭ほどある」
冷たい声だった。
けれど、それは誰かを責めるためのものじゃない。
⾃分⾃⾝に向けた⾔葉だと、澄華は気づいていた。
凛は視線を澄華に向ける。
「⾬宮、佐倉」
名前を呼ばれただけで、背筋が伸びた。
「お前らはよくやった」
短い⼀⾔。
だが、そこには紛れもない事実が込められていた。
「……異喰に恐怖してもなお、⼼を折らずに⽴ち向かった。
あの状況でそれができた奴はそういねぇ」
澄華は、何も⾔えなかった。
凛は視線を逸らし、低く続ける。
「だから……⽣き残ったことを、恥じるな」
その⾔葉は、澄華だけでなく――
この部屋にいる全員に向けられていた。
時川が、ふっと⼩さく息を吐いた。
「……うん、そうだよ。」
その声は、どこか震えていた。
「⽣きてる以上、背負ってくしかないんだ。」
澄華は、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
これは、終わりじゃない。
喪失の先に、まだ続く道がある。 ――誰かに誇れる、⾃分でいろ。
⽗の⾔葉が、胸の奥で静かに響いていた。
凛は⼀度、短く息を吐いた。
それは苛⽴ちでも、諦めでもない。
ただ、背負うものの重さを受け⽌めるための、ひと呼吸だった。



