「彼氏とね、電車で県外の海に行ってきたんだ! そこ、すっごく綺麗な海でね! めちゃくちゃ楽しかった!」
「私はね、いっしょにお祭りに行ってきた! タコ焼きとか食べながら花火を見て、めっちゃ青春って感じ!」
「ウチは、彼氏がサッカーの試合だったから、応援に行ったよ! 結局負けちゃったんだけどさ、私の彼氏、ゴールを一本決めたんだ!」
九月。
中学生ともなると、夏休み明けの女子は、そういう話ばっか。
私もできないわけじゃないけど……まさか彼氏と宇宙でスイカを食べたとか、庭で火の精霊のコーンポタージュを食べたとか、そんな話はできない。
ま、いいんですけど。
私の彼氏、アレですから。
そんな女子たちの話を聞きながら、私はふと、となりの席の彼氏を見る。
私の彼氏・七五三くんは、今日も何かブ厚い本を読んでいた。
「何を読んでるの?」って、聞きたい。
でもどうせ、説明されてもまったく意味がわからないし。
私は、これまでのことを考えてみる。
七五三くんは……いつも私に、フツーの人が見ることができないものを見せてくれる。
だけど私は……彼に何かしてあげたんだろうか?
いつも七五三くんにしてもらうだけで、彼が喜ぶことを一度でもしてあげたことがあるんだろうか?
いや……ない。
たぶん、ない。
きっと、ない。
七五三くんに、私はいつもしてもらってばっかだ。
𖧧
「葉月さん。今日ボク、ちょっと用事があるんだ。だからいっしょに帰れない」
終わりの会が終わると、七五三くんが私にそう言ってきた。
「そ、そう。わかった。どこに行くのかは知らないけど、気をつけて行ってきてね」
「ありがとう。それじゃあ、また明日」
教室を出ていく七五三くんを、私は見送る。
付き合いはじめてから、私と七五三くんが初めて別々で帰る日がやってきた。
でも、まぁ、七五三くんに用事があるのなら、それはしかたがない。
学校を出て、私は一人で帰り道を歩く。
こういうの、ひさしぶりだ。
いつもは七五三くんとおしゃべりしながら歩いてるので、今日は景色を見る。
コンビニ、スーパー、駄菓子屋さん。
そういえば、この通りには幼稚園もあった。
一人の帰り道は、わりと新鮮。
歩きながら、私は道沿いの、わりと大きな広場を見つめる。
誰もいない、だだっ広い場所。
そこは、いわゆる廃車置き場だ。
たぶんこの先にある、中古車屋さんの土地だろう。
もう誰も使わないようなボロッボロの車が、ポツポツと止められている。
それらの車には、窓もタイヤもない。
すべての車が錆びきっていて、たぶんレアな部品取りのために保管されているのだろう。
「まるで車の墓場みたいだな……」
そうつぶやき、私はその横を通り過ぎていく。
「でも七五三くんは、たぶんこういうとこが好き。彼、なんか、あんま人が興味なさそうなものにグッと惹かれるタイプだし……」
七五三くんがいないから、私はひとり言を言うしかない。
その時――私は、すぐそばの草むらに、何か揺れているものを発見した。
「ん?」
立ち止まり、私はその草むらに引っかかっている一本の羽根を拾う。
鳥の、羽根だ。
黒と白の、昔の外国の人が使う、ペンみたいな羽根。
ちょっと、オシャレな感じ?
それをながめ、私は制服の胸ポケットにサッと差し込む。
こういうの、七五三くん、ゼッタイ好きだよね?
これ、明日、彼にプレゼントしよう♪
七五三くんがいない帰り道は、とてもさみしかった。
だけどこれは、意外な収穫!
一人で帰るのも、たまには悪くない!
だって彼氏への、こんな素敵なプレゼントを拾えるんだもん!
𖧧
翌日。
給食を食べたあとの昼休み――。
私は、七五三くんに話しかけるタイミングを見つけた。
まぁ、となりの席だから、いつでも話しかけられるんだけど……彼っていつも本を読んでるから、なかなか話しかけづらい。
「あ、あの、七五三くん」
「何?」
「きょ、今日はね、あなたにプレゼントがあるんだ」
「プレゼント? ボクに? どうしたの、急に?」
「昨日ね、帰り道を歩いてたら、七五三くんが好きそうなものを発見したんだ」
「ボクが好きそうなもの? 何だろう?」
七五三くん、あいかわらず冷静……。
えっと……なんか私、もしかしてバカみたい?
で、でも、せっかく拾ってきたわけだし……私にはオシャレなアイテムに見えたから……七五三くんにプレゼントしたい……。
「こ、これなんだけど……」
昨夜がんばって作った可愛い袋を、私は七五三くんに差し出す。
彼は受け取ってくれたけど、顔は「???」という感じだった。
「開けていいのかな? 今、ここで」
「ま、まぁ……あの、あんまり期待しないで。昨日、拾ったものだから……」
「拾ったんだ……」
丁寧に袋を開け、七五三くんがそこに手を差し入れる。
そして羽根を取り出すと――完全に動きが止まった。
ものすごく真剣な顔で、手の中のそれを見つめてる。
えっと……な、七五三くん?
ど、どうしたの?
そういうの、あんま好きじゃない?
顔が真剣すぎて、ちょっと怖いんですけど……。
「葉月さん……」
「は、はい! 何て言ったらいいのか……その……ご、ごめんなさい!」
「ありがとう……」
「え? は、はい?」
「ありがとう……本当にありがとう……」
七五三くんが、めちゃくちゃ丁寧なお辞儀をしてくれる。
直後、顔を上げた彼を見て――私は思わず、ハッと息を止めた。
な、七五三くん……な、泣いてるの?
え……な、なんで?
七五三くんの目からは涙があふれ、次から次へと湧きあがり続ける。
私は……どうしたらいいのか……わからない……。
「ど、どうしたの、七五三くん? なんで泣くの?」
「ご、ごめん……あまりにも、その、うれしすぎて……」
「う、うれしいんだ……」
「うん……キミには、もぉ、感謝の言葉しかないよ……」
え、えぇっと……その、私が拾ってきた羽根が、そんな、泣くほどうれしいのですか?
気がつくと、そんな彼の姿に、まわりの人たちが気づきはじめる。
ちょ、ちょっと待って!
こ、これ、なんか、私が七五三くんをいじめてるとか、そんな構図じゃない?
一部の女子たちが、ものすごく怖い顔で私をにらみつけてくる。
あの子たち、たぶん七五三くんのファンだ。
で、でも!
言えないけど、七五三くんは私の彼氏!
私の彼氏なんです!
𖧧
その日の帰り道、私と七五三くんはいっしょに歩いていた。
さっきの昼休み、突然の涙から、私はなかなか彼に話しかけづらい。
七五三くん本人は、いつもと同じように、さっきから私のとなりを歩いてる。
例の、プレゼントした羽根をながめながら。
たまにほほ笑んだり、真剣に見つめたり、それを額に当てて目を閉じたり。
「あの、七五三くん……」
「ん? 何?」
「それ、その羽根。プレゼントされて、うれしかった?」
「そりゃあ、うれしかったよ! 今日は最高の一日だ!」
七五三くん、あいかわらず子どもみたいな表情。
って言うか、子ども。
「そういえば、さっきはごめんね。あまりにもうれしくて、涙が止まらなくなっちゃったんだ」
「そ、そうなんだ……いや、私、あまり良くないものを渡しちゃったのかと……」
「とんでもない! キミは、とても素晴らしいものを、ボクにプレゼントしてくれた! ボク、キミと付き合って、本当に良かったよ!」
「その羽根は、その……そんなにすごいものなの?」
「そりゃあ、すごいよ! めちゃくちゃすごい!」
「そ、そう……そんなに喜んでもらえるってことは、私も、プレゼントして良かったのかな……」
「うん! ありがとう! キミには一体、何とお礼を言ったらいいのか……」
「ちょっと聞いてみたいんだけど……その羽根って、何がそんなにすごいの? その、七五三くんが泣き出すくらい」
「え? キミはこれが何か知らなくて、ボクにプレゼントしてくれたの?」
「うん。それが何なのか、まったく知らない。ただ単純に、七五三くん好きかなぁと思って」
「ちょ、ちょっと待って! ってことは、これ……天然のフェザーなの?」
「天然のフェザー? フェザーって、何?」
「これはね、わかる人にしかわからない、世界でも非常に貴重なものなんだ」
えっと……そ、そんなのが、落ちてたの?
私の帰り道に?
しかも、草むらの中に?
「葉月さん、これ、一体どこで拾ったの?」
「あぁ、うん。こっちだよ。すぐ近く」
七五三くんを連れて、私は昨日の廃車置き場に行く。
昨日羽根を拾った草むらを指さした。
「ここ。このあたり。ここに引っかかって、風に揺れてた」
「なるほど。ってことは……本当にたまたま見つけたんだね」
「うん。まぁ、たまたまだよ」
「他にもまだ落ちてるかもしれない。探してみよう」
七五三くんが廃車置き場に入っていくので、私はそれについていく。
「ねぇ、七五三くん。そのフェザーっていうのは、一体どういう意味なの?」
「フェザーは、何と言うか……主に鳥の羽根のことなんだ。これは、鷹の羽根。鷹は、わかるでしょ?」
「テレビで見たことはあるけど……」
「鷹はね、鳥の中で最も高くまで昇れる鳥なんだ。だから鷹は、神様に一番近い存在だと言われている」
「神様に、一番近い存在……」
七五三くんは、そういうのにもくわしい。
私、そんなの、今まで一度も考えたことがないよ。
「鷹の羽根が、どうしてこんなところに落ちてたんだろう?」
「それはわからない。でも残念だな。もう一本、このフェザーがあれば……キミにとても素敵なものを見せてあげられるのに」
「とても素敵なもの? どんなもの?」
「だってキミ――夏休み、どこか遠くへ行きたかったんだろう?」
え? と、私は驚く。
「昨日、クラスの女の子たちが話してるのを聞いたんだ。その時キミは、ちょっとうらやましそうだった」
「そ、そんなことないよ! ぜんぜんうらやましくなんかない!」
「今年の夏――海とか花火大会とかサッカーの試合とか、行きたかった?」
「ううん。べつに、そんなこと……」
「ごめんね。ボク、あんまりそういうとこ行くの得意じゃないんだ。だからキミにはツラい思いをさせてるかもしれない。その、彼氏として……」
「いや、でも私、フツーの人が行けないところに、よく連れてってもらってるし!」
「でも……ボクは、もっとキミが他人に話せるような場所に、連れていくべきなのかもしれない。だから探そう。もう一本、フェザーを――」
七五三くんが、そう言って周囲を探しはじめる。
草むら。
すぐそばの木の上。
廃車置き場の横を流れる、川のほとり。
手分けして探してみたけど、もうあのフェザーは、どこにも見当たらなかった。
「なかなか見つからないね……」
「うん。ねぇ、七五三くん。あのフェザーは、もしかしたらあの一本だけだったんじゃない?」
「それは、わからない。だけどここにフェザーが落ちていたということは、もしかしたらもう一本くらい落ちてる可能性があると思うんだ」
「でも……」
私は、空を見上げる。
空が、だんだん暗くなりはじめていた。
遅くなったら、きっとママに叱られちゃうな……。
「ホントにごめんなんだけど……私、そろそろ帰らなきゃいけないかも」
「あぁ、そっか……」
「だから明日の放課後、もう一度探すことにしない?」
「うん。わかった。でもボクはもう少し探してみるよ。それじゃあ、また明日」
「そっか……うん、わかった……それじゃあ、また明日……」
私たちは、お互いに手をあげる。
いつもの道に戻り、私は歩きはじめた。
途中で立ち止まり、私は後ろを振り返ってみる。
七五三くんは――やっぱり廃車置き場をウロウロしていた。
その姿は、何と言うか……とても一生懸命だった。
『もう一本、このフェザーがあれば……キミにとても素敵なものを見せてあげられるのに』
さっきの七五三くんの言葉を思い出す。
七五三くん、私に素敵なものを見せるために、あんなにがんばってくれてるんだ……。
気がつくと、私は道を戻りはじめていた。
フェザーを探してる、七五三くんの前に立つ。
「あれ、葉月さん? どうしたの?」
「やっぱり、もう少しだけ手伝うよ」
「え? 時間は?」
「うん。でもあと三十分が限界。それ以上は、ちょっと無理」
「そっか。じゃあ、ボクはこのあたりをもう一度チェックするから、キミはさっき自分が探していた場所をもう一度チェックしてみてよ」
「わかった」
私は、もう一度さっきの川のほとりに戻ってみる。
フェザー、どこにあるのかな?
私、なんとかして見つけ出したいよ。
見つけ出したら、きっと七五三くんは喜んでくれる。
そして私に、とても素敵なものを見せてくれる。
その時、私の視界の隅っこで――何かが動いた。
ハッとして、私はそちらを向く。
あれ、何だろう?
川の向こうから、何かがユラユラと流れてくる。
黒と白の、なんだかフワフワとした――。
「フェザーだ! 七五三くん、フェザーだよ!」
「え? どこ?」
七五三くんが、あわててこちらに走ってくる。
ただよっている羽根を見つけると、まったくためらわずに川の中に飛び込んだ。
彼が飛び込んだ勢いで、私にも水がはねてくる。
私は濡れなかったけど、七五三くんはヒザのあたりまで水につかっていた。
川に立ち、彼がその一枚を丁寧に拾いあげる。
私の方を見て、すごくうれしそうにほほ笑んだ。
「葉月さん、キミはやっぱりすごいね。フェザーだ。これでキミに、とても素敵なものを見せてあげられる」
七五三くんが、私にその羽根を見せてくる。
子どものような顔をした、七五三くん。
あなたは……私のために、そんな川に飛び込んでくれるし、そんな笑顔まで向けてくれるの?
𖧧
二本のフェザーを手にした私たちは、廃車置き場の中央に戻った。
何かを探すように、七五三くんは廃車たちを見つめている。
「葉月さん。残された時間は、あとどのくらい?」
「そうだなぁ……あと、十五分くらい?」
「それだけあれば十分だ。今からキミに、とても素敵なものを見せてあげるよ」
そう言って、七五三くんがスクールバッグの中から何かを取り出す。
バンダナが、二枚。
そのうちの一枚を、私に差し出してきた。
「これ、頭に巻いてくれる?」
「これを? 巻くの?」
「うん」
七五三くんは、自分の分のバンダナを頭に巻きはじめる。
同じように、私もそれを自分の頭にぐるりと巻いた。
すると彼が、そこにフェザーを差し込む。
何だろう……これ、ちょっとインディアン?
こういう格好、歴史の本で見たような気がする。
「これだ。これが一番良いと思う」
七五三くんが目をつけたのは、めちゃくちゃ古い車だった。
これ、一体どのくらい前の車なんだろう?
丸っぽくて、見たこともないデザイン。
ちょっとオモチャみたい。
すごく錆びてるし、窓ガラスもタイヤもない。
ギギギギギギギ……。
七五三くんが、その車のドアを開ける。
「どうぞ」
七五三くんは執事みたいに言うけど……その車の中はめちゃくちゃだった。
シートはボロボロで、泥とか枯れ葉がたくさん入り込んでいる。
「こ、これに……乗るの?」
「大丈夫。かなり汚く見えるけど、今のキミはフェザーをつけている。だからすぐに消えるよ」
「すぐに、消えるって……」
「ほら。百聞は一見に如かずだ。乗って」
「ちょ、ちょっと……」
七五三くんが、私の背中を押す。
強引に、その車の中に入れた。
ちょ、ちょっと!
き、汚いよ、七五三くん!
こんなシートの上に座ったら、私の制服、めちゃくちゃ汚れちゃうじゃない!
「え……」
だけど次の瞬間――私は自分がどうなったのか、まったくわからなくなった。
たった今、私が座ってるのは……ピカピカの車。
清潔なシート。
泥も枯れ葉も、まったく見当たらない……。
「こ、これって……」
「前を見て」
となりの運転席に乗り込んできた七五三くんが、そうほほ笑んでくる。
いつの間にか彼のバンダナにも、私と同じようにフェザーが差し込まれていた。
「な、七五三くん……こ、これは……どういうことなの? あのボロボロの廃車が、こんなピカピカの新車に……」
「フェザーの力だよ。フェザーには、不思議な力が宿ってるんだ」
「不思議な、力が……」
「ネイティブアメリカンにとっての羽根は――忘れていた記憶を思い出す道具としても使われる。『祖先の知恵を思い出す』『自分の本当の気持ちを思い出す』『夢とかビジョンを思い出す』」
「……」
「今、キミが見てるのは、この車の記憶だ。まだ生まれたて、ピカピカの新車だった頃の記憶だよ」
「ピカピカの新車だった頃の……記憶……」
前を見ると、いつの間にかフロントガラスが見えた。
さっきまで、この車には一枚もガラスが無かったのに。
ってことは、本当に、この車の、新車時代の記憶なの?
目の前に広がってるのは――海だった。
オレンジ色を反射して、静かに揺れる海。
その向こうに沈んでいく、夕陽の影。
とても……綺麗だ……。
少しだけ開いた窓から、おだやかな波音が聞こえてきた。
うっとりと、私は目の前のその風景を見つめる。
「どう? とても素敵な風景でしょ? 恋人たちが、並んでみる風景だ」
「と、とても信じられないよ……これ、現実なの?」
「たぶん、この車の前の持ち主は、この海をよく見に来てたんだろうね。だからこの車にも、ここの記憶がハッキリと残ってる」
「車に……記憶ってあるんだ……」
「そりゃあ、あるよ。魂が宿るのは、決して動物だけじゃない」
「うん……そうなんだね……」
「ねぇ、葉月さん」
「ん?」
「悪いんだけど……ボクは、他の人が興味津々なことに、まったく興味がないんだ」
「うん。知ってる」
「でも……これからもずっと、ボクといっしょにいてくれないかな?」
「え?」
「ボクはね、ホントに、どうしようもない人間なんだ。だけど、キミが楽しい気分になれるなら、たまにはこういった風景をプレゼントできる」
「七五三くん……」
「だから……どうだろう? これからも、ボクといっしょにいてくれない?」
七五三くん、真顔。
小型犬みたいな表情。
そんな彼を見て、私は自然と笑みがこぼれてくる。
「もちろんだよ。私も、七五三くんといっしょにいたい。だってフツーの人って、こんな素敵な風景、見れないでしょ?」
「そう言ってもらえると、ボクはとてもうれしいな……」
「私、この風景、忘れないよ。これ、昔の夕暮れだよね? 素敵だよ。めちゃくちゃ素敵だよ。こんな綺麗な昔の夕暮れが、令和の時代に見れるだなんて」
もう少しだけその夕暮れをながめたあと、私たちは車から降りる。
それと同時に、私たちはさっきの廃車置き場に戻っていた。
夢から覚めたように、私はたった今まで乗っていた車を見つめる。
その車には、やっぱり窓ガラスがなかった。
全体的に錆びていて、シートに泥と枯れ葉が散らばっている。
タイヤも、なかった。
「元に……戻ってる……」
「このフェザー、どうだった? めちゃくちゃすごいものだっただろ?」
「うん。すごいものだね。七五三くんがうれし泣きするのも、今ならわかる」
「こんな素敵なフェザーを、キミは今日、二回もプレゼントしてくれた。ありがとう、葉月さん。キミにはホントに、感謝しかないよ」
「いや、偶然、たまたま見つけただけだから」
「たまたまか……でもボクとキミは、そのたまたまのおかげで、あの夕暮れの海を見ることができた。ボクたちはたまたま出会い、今日もたまたまいっしょに帰ってる」
「たまたまって素敵だね」
「うん。たまたまって、奇跡だよ」
私と七五三くんは、廃車置き場から出て、いつもの帰り道に戻る。
薄暗くなってきた道を歩きながら、私は思った。
私の彼氏・七五三くんは、やっぱり特別な人だ。
フツーの人は、あんなことはできないし、やり方だって知らない。
私はたまたま彼と出会い、こうしてたまたま幸せな時間を過ごしてる。
私の彼氏、アレカレは……最高だ。
私、他の女の子たちみたいな、ありふれた交際とか、もう無理な気がする。
七五三くん、これからも、ずっと毎日、こんな日々を過ごそうね。
私、こんな素敵なアレカレと出会えて、このたまたまに感謝するよ。
私と七五三くんが巻いたバンダナでは、差したフェザーが風に揺れている。
ねぇ、フェザー。
私と七五三くんのたくさんの『たまたま』、いつまでも記憶に残していてね。
「私はね、いっしょにお祭りに行ってきた! タコ焼きとか食べながら花火を見て、めっちゃ青春って感じ!」
「ウチは、彼氏がサッカーの試合だったから、応援に行ったよ! 結局負けちゃったんだけどさ、私の彼氏、ゴールを一本決めたんだ!」
九月。
中学生ともなると、夏休み明けの女子は、そういう話ばっか。
私もできないわけじゃないけど……まさか彼氏と宇宙でスイカを食べたとか、庭で火の精霊のコーンポタージュを食べたとか、そんな話はできない。
ま、いいんですけど。
私の彼氏、アレですから。
そんな女子たちの話を聞きながら、私はふと、となりの席の彼氏を見る。
私の彼氏・七五三くんは、今日も何かブ厚い本を読んでいた。
「何を読んでるの?」って、聞きたい。
でもどうせ、説明されてもまったく意味がわからないし。
私は、これまでのことを考えてみる。
七五三くんは……いつも私に、フツーの人が見ることができないものを見せてくれる。
だけど私は……彼に何かしてあげたんだろうか?
いつも七五三くんにしてもらうだけで、彼が喜ぶことを一度でもしてあげたことがあるんだろうか?
いや……ない。
たぶん、ない。
きっと、ない。
七五三くんに、私はいつもしてもらってばっかだ。
𖧧
「葉月さん。今日ボク、ちょっと用事があるんだ。だからいっしょに帰れない」
終わりの会が終わると、七五三くんが私にそう言ってきた。
「そ、そう。わかった。どこに行くのかは知らないけど、気をつけて行ってきてね」
「ありがとう。それじゃあ、また明日」
教室を出ていく七五三くんを、私は見送る。
付き合いはじめてから、私と七五三くんが初めて別々で帰る日がやってきた。
でも、まぁ、七五三くんに用事があるのなら、それはしかたがない。
学校を出て、私は一人で帰り道を歩く。
こういうの、ひさしぶりだ。
いつもは七五三くんとおしゃべりしながら歩いてるので、今日は景色を見る。
コンビニ、スーパー、駄菓子屋さん。
そういえば、この通りには幼稚園もあった。
一人の帰り道は、わりと新鮮。
歩きながら、私は道沿いの、わりと大きな広場を見つめる。
誰もいない、だだっ広い場所。
そこは、いわゆる廃車置き場だ。
たぶんこの先にある、中古車屋さんの土地だろう。
もう誰も使わないようなボロッボロの車が、ポツポツと止められている。
それらの車には、窓もタイヤもない。
すべての車が錆びきっていて、たぶんレアな部品取りのために保管されているのだろう。
「まるで車の墓場みたいだな……」
そうつぶやき、私はその横を通り過ぎていく。
「でも七五三くんは、たぶんこういうとこが好き。彼、なんか、あんま人が興味なさそうなものにグッと惹かれるタイプだし……」
七五三くんがいないから、私はひとり言を言うしかない。
その時――私は、すぐそばの草むらに、何か揺れているものを発見した。
「ん?」
立ち止まり、私はその草むらに引っかかっている一本の羽根を拾う。
鳥の、羽根だ。
黒と白の、昔の外国の人が使う、ペンみたいな羽根。
ちょっと、オシャレな感じ?
それをながめ、私は制服の胸ポケットにサッと差し込む。
こういうの、七五三くん、ゼッタイ好きだよね?
これ、明日、彼にプレゼントしよう♪
七五三くんがいない帰り道は、とてもさみしかった。
だけどこれは、意外な収穫!
一人で帰るのも、たまには悪くない!
だって彼氏への、こんな素敵なプレゼントを拾えるんだもん!
𖧧
翌日。
給食を食べたあとの昼休み――。
私は、七五三くんに話しかけるタイミングを見つけた。
まぁ、となりの席だから、いつでも話しかけられるんだけど……彼っていつも本を読んでるから、なかなか話しかけづらい。
「あ、あの、七五三くん」
「何?」
「きょ、今日はね、あなたにプレゼントがあるんだ」
「プレゼント? ボクに? どうしたの、急に?」
「昨日ね、帰り道を歩いてたら、七五三くんが好きそうなものを発見したんだ」
「ボクが好きそうなもの? 何だろう?」
七五三くん、あいかわらず冷静……。
えっと……なんか私、もしかしてバカみたい?
で、でも、せっかく拾ってきたわけだし……私にはオシャレなアイテムに見えたから……七五三くんにプレゼントしたい……。
「こ、これなんだけど……」
昨夜がんばって作った可愛い袋を、私は七五三くんに差し出す。
彼は受け取ってくれたけど、顔は「???」という感じだった。
「開けていいのかな? 今、ここで」
「ま、まぁ……あの、あんまり期待しないで。昨日、拾ったものだから……」
「拾ったんだ……」
丁寧に袋を開け、七五三くんがそこに手を差し入れる。
そして羽根を取り出すと――完全に動きが止まった。
ものすごく真剣な顔で、手の中のそれを見つめてる。
えっと……な、七五三くん?
ど、どうしたの?
そういうの、あんま好きじゃない?
顔が真剣すぎて、ちょっと怖いんですけど……。
「葉月さん……」
「は、はい! 何て言ったらいいのか……その……ご、ごめんなさい!」
「ありがとう……」
「え? は、はい?」
「ありがとう……本当にありがとう……」
七五三くんが、めちゃくちゃ丁寧なお辞儀をしてくれる。
直後、顔を上げた彼を見て――私は思わず、ハッと息を止めた。
な、七五三くん……な、泣いてるの?
え……な、なんで?
七五三くんの目からは涙があふれ、次から次へと湧きあがり続ける。
私は……どうしたらいいのか……わからない……。
「ど、どうしたの、七五三くん? なんで泣くの?」
「ご、ごめん……あまりにも、その、うれしすぎて……」
「う、うれしいんだ……」
「うん……キミには、もぉ、感謝の言葉しかないよ……」
え、えぇっと……その、私が拾ってきた羽根が、そんな、泣くほどうれしいのですか?
気がつくと、そんな彼の姿に、まわりの人たちが気づきはじめる。
ちょ、ちょっと待って!
こ、これ、なんか、私が七五三くんをいじめてるとか、そんな構図じゃない?
一部の女子たちが、ものすごく怖い顔で私をにらみつけてくる。
あの子たち、たぶん七五三くんのファンだ。
で、でも!
言えないけど、七五三くんは私の彼氏!
私の彼氏なんです!
𖧧
その日の帰り道、私と七五三くんはいっしょに歩いていた。
さっきの昼休み、突然の涙から、私はなかなか彼に話しかけづらい。
七五三くん本人は、いつもと同じように、さっきから私のとなりを歩いてる。
例の、プレゼントした羽根をながめながら。
たまにほほ笑んだり、真剣に見つめたり、それを額に当てて目を閉じたり。
「あの、七五三くん……」
「ん? 何?」
「それ、その羽根。プレゼントされて、うれしかった?」
「そりゃあ、うれしかったよ! 今日は最高の一日だ!」
七五三くん、あいかわらず子どもみたいな表情。
って言うか、子ども。
「そういえば、さっきはごめんね。あまりにもうれしくて、涙が止まらなくなっちゃったんだ」
「そ、そうなんだ……いや、私、あまり良くないものを渡しちゃったのかと……」
「とんでもない! キミは、とても素晴らしいものを、ボクにプレゼントしてくれた! ボク、キミと付き合って、本当に良かったよ!」
「その羽根は、その……そんなにすごいものなの?」
「そりゃあ、すごいよ! めちゃくちゃすごい!」
「そ、そう……そんなに喜んでもらえるってことは、私も、プレゼントして良かったのかな……」
「うん! ありがとう! キミには一体、何とお礼を言ったらいいのか……」
「ちょっと聞いてみたいんだけど……その羽根って、何がそんなにすごいの? その、七五三くんが泣き出すくらい」
「え? キミはこれが何か知らなくて、ボクにプレゼントしてくれたの?」
「うん。それが何なのか、まったく知らない。ただ単純に、七五三くん好きかなぁと思って」
「ちょ、ちょっと待って! ってことは、これ……天然のフェザーなの?」
「天然のフェザー? フェザーって、何?」
「これはね、わかる人にしかわからない、世界でも非常に貴重なものなんだ」
えっと……そ、そんなのが、落ちてたの?
私の帰り道に?
しかも、草むらの中に?
「葉月さん、これ、一体どこで拾ったの?」
「あぁ、うん。こっちだよ。すぐ近く」
七五三くんを連れて、私は昨日の廃車置き場に行く。
昨日羽根を拾った草むらを指さした。
「ここ。このあたり。ここに引っかかって、風に揺れてた」
「なるほど。ってことは……本当にたまたま見つけたんだね」
「うん。まぁ、たまたまだよ」
「他にもまだ落ちてるかもしれない。探してみよう」
七五三くんが廃車置き場に入っていくので、私はそれについていく。
「ねぇ、七五三くん。そのフェザーっていうのは、一体どういう意味なの?」
「フェザーは、何と言うか……主に鳥の羽根のことなんだ。これは、鷹の羽根。鷹は、わかるでしょ?」
「テレビで見たことはあるけど……」
「鷹はね、鳥の中で最も高くまで昇れる鳥なんだ。だから鷹は、神様に一番近い存在だと言われている」
「神様に、一番近い存在……」
七五三くんは、そういうのにもくわしい。
私、そんなの、今まで一度も考えたことがないよ。
「鷹の羽根が、どうしてこんなところに落ちてたんだろう?」
「それはわからない。でも残念だな。もう一本、このフェザーがあれば……キミにとても素敵なものを見せてあげられるのに」
「とても素敵なもの? どんなもの?」
「だってキミ――夏休み、どこか遠くへ行きたかったんだろう?」
え? と、私は驚く。
「昨日、クラスの女の子たちが話してるのを聞いたんだ。その時キミは、ちょっとうらやましそうだった」
「そ、そんなことないよ! ぜんぜんうらやましくなんかない!」
「今年の夏――海とか花火大会とかサッカーの試合とか、行きたかった?」
「ううん。べつに、そんなこと……」
「ごめんね。ボク、あんまりそういうとこ行くの得意じゃないんだ。だからキミにはツラい思いをさせてるかもしれない。その、彼氏として……」
「いや、でも私、フツーの人が行けないところに、よく連れてってもらってるし!」
「でも……ボクは、もっとキミが他人に話せるような場所に、連れていくべきなのかもしれない。だから探そう。もう一本、フェザーを――」
七五三くんが、そう言って周囲を探しはじめる。
草むら。
すぐそばの木の上。
廃車置き場の横を流れる、川のほとり。
手分けして探してみたけど、もうあのフェザーは、どこにも見当たらなかった。
「なかなか見つからないね……」
「うん。ねぇ、七五三くん。あのフェザーは、もしかしたらあの一本だけだったんじゃない?」
「それは、わからない。だけどここにフェザーが落ちていたということは、もしかしたらもう一本くらい落ちてる可能性があると思うんだ」
「でも……」
私は、空を見上げる。
空が、だんだん暗くなりはじめていた。
遅くなったら、きっとママに叱られちゃうな……。
「ホントにごめんなんだけど……私、そろそろ帰らなきゃいけないかも」
「あぁ、そっか……」
「だから明日の放課後、もう一度探すことにしない?」
「うん。わかった。でもボクはもう少し探してみるよ。それじゃあ、また明日」
「そっか……うん、わかった……それじゃあ、また明日……」
私たちは、お互いに手をあげる。
いつもの道に戻り、私は歩きはじめた。
途中で立ち止まり、私は後ろを振り返ってみる。
七五三くんは――やっぱり廃車置き場をウロウロしていた。
その姿は、何と言うか……とても一生懸命だった。
『もう一本、このフェザーがあれば……キミにとても素敵なものを見せてあげられるのに』
さっきの七五三くんの言葉を思い出す。
七五三くん、私に素敵なものを見せるために、あんなにがんばってくれてるんだ……。
気がつくと、私は道を戻りはじめていた。
フェザーを探してる、七五三くんの前に立つ。
「あれ、葉月さん? どうしたの?」
「やっぱり、もう少しだけ手伝うよ」
「え? 時間は?」
「うん。でもあと三十分が限界。それ以上は、ちょっと無理」
「そっか。じゃあ、ボクはこのあたりをもう一度チェックするから、キミはさっき自分が探していた場所をもう一度チェックしてみてよ」
「わかった」
私は、もう一度さっきの川のほとりに戻ってみる。
フェザー、どこにあるのかな?
私、なんとかして見つけ出したいよ。
見つけ出したら、きっと七五三くんは喜んでくれる。
そして私に、とても素敵なものを見せてくれる。
その時、私の視界の隅っこで――何かが動いた。
ハッとして、私はそちらを向く。
あれ、何だろう?
川の向こうから、何かがユラユラと流れてくる。
黒と白の、なんだかフワフワとした――。
「フェザーだ! 七五三くん、フェザーだよ!」
「え? どこ?」
七五三くんが、あわててこちらに走ってくる。
ただよっている羽根を見つけると、まったくためらわずに川の中に飛び込んだ。
彼が飛び込んだ勢いで、私にも水がはねてくる。
私は濡れなかったけど、七五三くんはヒザのあたりまで水につかっていた。
川に立ち、彼がその一枚を丁寧に拾いあげる。
私の方を見て、すごくうれしそうにほほ笑んだ。
「葉月さん、キミはやっぱりすごいね。フェザーだ。これでキミに、とても素敵なものを見せてあげられる」
七五三くんが、私にその羽根を見せてくる。
子どものような顔をした、七五三くん。
あなたは……私のために、そんな川に飛び込んでくれるし、そんな笑顔まで向けてくれるの?
𖧧
二本のフェザーを手にした私たちは、廃車置き場の中央に戻った。
何かを探すように、七五三くんは廃車たちを見つめている。
「葉月さん。残された時間は、あとどのくらい?」
「そうだなぁ……あと、十五分くらい?」
「それだけあれば十分だ。今からキミに、とても素敵なものを見せてあげるよ」
そう言って、七五三くんがスクールバッグの中から何かを取り出す。
バンダナが、二枚。
そのうちの一枚を、私に差し出してきた。
「これ、頭に巻いてくれる?」
「これを? 巻くの?」
「うん」
七五三くんは、自分の分のバンダナを頭に巻きはじめる。
同じように、私もそれを自分の頭にぐるりと巻いた。
すると彼が、そこにフェザーを差し込む。
何だろう……これ、ちょっとインディアン?
こういう格好、歴史の本で見たような気がする。
「これだ。これが一番良いと思う」
七五三くんが目をつけたのは、めちゃくちゃ古い車だった。
これ、一体どのくらい前の車なんだろう?
丸っぽくて、見たこともないデザイン。
ちょっとオモチャみたい。
すごく錆びてるし、窓ガラスもタイヤもない。
ギギギギギギギ……。
七五三くんが、その車のドアを開ける。
「どうぞ」
七五三くんは執事みたいに言うけど……その車の中はめちゃくちゃだった。
シートはボロボロで、泥とか枯れ葉がたくさん入り込んでいる。
「こ、これに……乗るの?」
「大丈夫。かなり汚く見えるけど、今のキミはフェザーをつけている。だからすぐに消えるよ」
「すぐに、消えるって……」
「ほら。百聞は一見に如かずだ。乗って」
「ちょ、ちょっと……」
七五三くんが、私の背中を押す。
強引に、その車の中に入れた。
ちょ、ちょっと!
き、汚いよ、七五三くん!
こんなシートの上に座ったら、私の制服、めちゃくちゃ汚れちゃうじゃない!
「え……」
だけど次の瞬間――私は自分がどうなったのか、まったくわからなくなった。
たった今、私が座ってるのは……ピカピカの車。
清潔なシート。
泥も枯れ葉も、まったく見当たらない……。
「こ、これって……」
「前を見て」
となりの運転席に乗り込んできた七五三くんが、そうほほ笑んでくる。
いつの間にか彼のバンダナにも、私と同じようにフェザーが差し込まれていた。
「な、七五三くん……こ、これは……どういうことなの? あのボロボロの廃車が、こんなピカピカの新車に……」
「フェザーの力だよ。フェザーには、不思議な力が宿ってるんだ」
「不思議な、力が……」
「ネイティブアメリカンにとっての羽根は――忘れていた記憶を思い出す道具としても使われる。『祖先の知恵を思い出す』『自分の本当の気持ちを思い出す』『夢とかビジョンを思い出す』」
「……」
「今、キミが見てるのは、この車の記憶だ。まだ生まれたて、ピカピカの新車だった頃の記憶だよ」
「ピカピカの新車だった頃の……記憶……」
前を見ると、いつの間にかフロントガラスが見えた。
さっきまで、この車には一枚もガラスが無かったのに。
ってことは、本当に、この車の、新車時代の記憶なの?
目の前に広がってるのは――海だった。
オレンジ色を反射して、静かに揺れる海。
その向こうに沈んでいく、夕陽の影。
とても……綺麗だ……。
少しだけ開いた窓から、おだやかな波音が聞こえてきた。
うっとりと、私は目の前のその風景を見つめる。
「どう? とても素敵な風景でしょ? 恋人たちが、並んでみる風景だ」
「と、とても信じられないよ……これ、現実なの?」
「たぶん、この車の前の持ち主は、この海をよく見に来てたんだろうね。だからこの車にも、ここの記憶がハッキリと残ってる」
「車に……記憶ってあるんだ……」
「そりゃあ、あるよ。魂が宿るのは、決して動物だけじゃない」
「うん……そうなんだね……」
「ねぇ、葉月さん」
「ん?」
「悪いんだけど……ボクは、他の人が興味津々なことに、まったく興味がないんだ」
「うん。知ってる」
「でも……これからもずっと、ボクといっしょにいてくれないかな?」
「え?」
「ボクはね、ホントに、どうしようもない人間なんだ。だけど、キミが楽しい気分になれるなら、たまにはこういった風景をプレゼントできる」
「七五三くん……」
「だから……どうだろう? これからも、ボクといっしょにいてくれない?」
七五三くん、真顔。
小型犬みたいな表情。
そんな彼を見て、私は自然と笑みがこぼれてくる。
「もちろんだよ。私も、七五三くんといっしょにいたい。だってフツーの人って、こんな素敵な風景、見れないでしょ?」
「そう言ってもらえると、ボクはとてもうれしいな……」
「私、この風景、忘れないよ。これ、昔の夕暮れだよね? 素敵だよ。めちゃくちゃ素敵だよ。こんな綺麗な昔の夕暮れが、令和の時代に見れるだなんて」
もう少しだけその夕暮れをながめたあと、私たちは車から降りる。
それと同時に、私たちはさっきの廃車置き場に戻っていた。
夢から覚めたように、私はたった今まで乗っていた車を見つめる。
その車には、やっぱり窓ガラスがなかった。
全体的に錆びていて、シートに泥と枯れ葉が散らばっている。
タイヤも、なかった。
「元に……戻ってる……」
「このフェザー、どうだった? めちゃくちゃすごいものだっただろ?」
「うん。すごいものだね。七五三くんがうれし泣きするのも、今ならわかる」
「こんな素敵なフェザーを、キミは今日、二回もプレゼントしてくれた。ありがとう、葉月さん。キミにはホントに、感謝しかないよ」
「いや、偶然、たまたま見つけただけだから」
「たまたまか……でもボクとキミは、そのたまたまのおかげで、あの夕暮れの海を見ることができた。ボクたちはたまたま出会い、今日もたまたまいっしょに帰ってる」
「たまたまって素敵だね」
「うん。たまたまって、奇跡だよ」
私と七五三くんは、廃車置き場から出て、いつもの帰り道に戻る。
薄暗くなってきた道を歩きながら、私は思った。
私の彼氏・七五三くんは、やっぱり特別な人だ。
フツーの人は、あんなことはできないし、やり方だって知らない。
私はたまたま彼と出会い、こうしてたまたま幸せな時間を過ごしてる。
私の彼氏、アレカレは……最高だ。
私、他の女の子たちみたいな、ありふれた交際とか、もう無理な気がする。
七五三くん、これからも、ずっと毎日、こんな日々を過ごそうね。
私、こんな素敵なアレカレと出会えて、このたまたまに感謝するよ。
私と七五三くんが巻いたバンダナでは、差したフェザーが風に揺れている。
ねぇ、フェザー。
私と七五三くんのたくさんの『たまたま』、いつまでも記憶に残していてね。
