梅雨が通り過ぎ、もうすぐ夏が始まる。
夏は恋人たちの季節って言うけど、私はまったく期待できない。
なぜなら私の彼氏は、ちょっとアレな人だから。
「ねぇねぇ、見て見て! 彼氏にプレゼントをもらったの! 可愛くない?」
ウチのクラスのイケてる層、|作間(さくま)さんがブレスレットをみんなに見せびらかしている。
ウワサでは、作間さんの彼氏は三年生で、どうやらお金持ちの子らしい。
私も、チラリとそれを見た。
あ、すごく可愛い……。
キラキラ輝いてて、彼女にとてもよく似合ってる。
あぁいうの、私も欲しいな……。
でも、私の彼氏は、もちろんそういうのにまったく興味がない。
って言うか、私のことすら、あんまり興味がない感じ。
教室でも、彼から私に話しかけてくれることはない。
「ねぇ、葉月さん」
いきなり!
その時、いきなり私のとなりから、七五三くんが話しかけてくる。
私、超ビックリ!
だって教室で七五三くんから話しかけてくるなんて、初めてのことだし!
「な、何? どうしたの、七五三くん?」
「どうしたのって、話しかけてるんだけど?」
「いや、それはわかるけど……まさか学校で、あなたから話しかけてくるなんて……」
「え? ダメ?」
「ダメじゃない。全然ダメじゃないよ。ダメじゃないけど……ちょっとビックリした」
「葉月さんって、今度の休みの日、何かする予定ある?」
「え? 今度の休み? うーん、どうだろ? なんか予定あったっけ……」
「良かったら、ボクんちに遊びに来ない?」
「あぁ、七五三くんちね。うん、えっと、次の休みはべつに用事ないから……って、えぇぇぇぇ?」
私は、思わず大声を出してしまった。
クラスのみんな、一斉にこちらを注目!
ヤ、ヤバッ!
私と七五三くんが付き合ってるの、まだみんなには内緒なのに!
それでなくても、最近女子たちは七五三くんのイケメンに気づいてるから、なんか色々とメンドくさくなりそう!
「え? 葉月さん、あの漫画の続き、知らなかったの? ごめん、内容言っちゃった!」
突然、私と同じくらい大きな声で、七五三くんがそんなことを言う。
それを聞いたみんなは、『何だ、漫画の話か……』と、それぞれのお喋りに戻った。
七五三くん、ナイスフォロー!
さっすが、私の彼氏!
って言うか――私、今、七五三くんちに誘われた?
ひょっとして、初めての彼氏んち訪問?
これ、「行く」って言うべきなの?
彼氏とはいえ、男子の家に遊びに行くなんて、私、初めてなんですけど?
えぇ、どうしよう?
そんなことを考えているうちに、次の授業のチャイムが鳴る。
三時間目の先生が入ってきた。
クラスメイトたちが、あわてて自分の席につきはじめる。
でも、私は一人、ドッキドキのガッチガチ。
ど、どうしよう、どうしよう、どうしよう……。
彼氏んち!
彼氏んちだよ?
人生初、自分の彼氏んちだよ?
𖧧
えー、そんなわけで――休みの日がやってきました。
お昼ゴハンを食べてから、私は自転車で七五三くんちに向かう。
初めての!
彼氏んち!
しかも七五三くん、こないだ二人で採りに行ったあの果物で、またパイを焼いてくれるんだって!
私、すっごく楽しみ!
だってあのパイ、めちゃくちゃ美味しいんだもん!
ニヤニヤしながら、私は川沿いの道で自転車を止める。
ポケットから、折り畳まれた紙を取り出した。
開いたそれを、ジッと見つめる。
これ、昨日七五三くんにもらった、彼んちまでの地図。
でも……七五三くんちって、意外と遠いんだなぁ。
ウチの中学の校区は広いけど、彼、いつもこんな遠くから通ってるんだ……。
地図を確認し、私はふたたび自転車を漕ぎ出す。
曲がりくねった、田舎道に突入。
ポツンポツンとしか、家が建ってない。
すごいな。
まわり、田んぼとか畑しかないよ。
その向こうは、森&山。
自然が、とても豊かな場所。
七五三くんって、こういうとこに住んでるんだ……。
だからいつも、あんなノンビリした感じなんだね。
そんなことを考えながら、私は川にかかる二番目の橋に到着する。
そこをサーッと渡っていった。
地図によると、この橋を通過し、まっすぐに進めば、すぐに七五三くんち。
七五三くんちって、一体どんな感じなのかな?
まわりの風景から想像するに――年季の入った和式家屋?
おサムライさんが住んでそうな、立派な感じ?
いやぁ、楽しみ楽しみ。
そして私は――ボーゼンと、自転車のブレーキをかけた。
目の前の建物を見上げる。
「えっと、あの……こ、こちらのお宅、ですか?」
ポケットから地図を取り出し、私は何度も確認する。
ま、間違いありません。
地図に書かれた七五三くんちは、間違いなく、ここです……。
わりと、ボロボロなお宅。
しかも、洋館……。
こちらのお宅は、な、何なんでしょうか?
まるでホラー映画に出てくる、呪われた幽霊屋敷みたいな感じなんですけど?
これ、出ますよね?
えぇ、きっと出ます。
何かが……。
夜になると、この世のものではない、実にアレなやつが……。
七五三くん、こんな幽霊屋敷みたいな洋館に住んでるの?
だからちょっと、いつもアレな感じなんだ……。
「やぁ、葉月さん。いらっしゃい。早かったね」
私が七五三くんちのホラーっぷりにビビっていると、中から彼が出てきた。
すごく、フツー。
さわやかで、明るい笑顔。
何なんでしょう、私の彼氏?
呪われた幽霊屋敷から、めっちゃファンシーな可愛いぬいぐるみが出てきた感じ。
「ほ、本日は、お招きいただき、ありがとうございます」
「ははははは。何、かしこまってるの? さぁ、入って。汚いとこだけど」
いえ、あの、汚いとこって言うか、とてもホラーなお宅のようですが……。
い、いますよね、絶対?
これ、中に。
その、悪霊的な何かが……。
𖧧
「そこに座って。自分ちだと思って、のんびりくつろいでよ」
家の中に案内されると、私はさらにビビる。
いや、これ、どうなってるんでしょう?
家ですか、ここ?
何かの展示会場じゃなくて?
私が通されたのは、これまた奇妙な部屋だった。
こちら、たぶんリビングです。
だけど床に、色んな物が転がってます。
絨毯の模様――こちらは、その、魔法陣か何かでしょうか?
今すぐにでも、悪魔とか召喚できそうです。
部屋の壁にベタベタと貼られているのは、キテレツな文字のお札。
あとなぜかニンニクの束が、アチコチにぶら下がってます。
あの、やっぱここ、何か出たりするんでしょうか?
床に散らばっているのは、古い事典みたいな、ぶ厚い書物たち。
部屋中を、大きく翼を広げたカラスの剥製が十羽くらい、ぐるりと取り囲んでいます。
なぜに、カラス?
室内に、カラス?
しかも数!
顔も全員、凶暴!
カオスです……ものすごくカオスです……。
「パイはもうすぐ焼き上がるよ。お腹は、すいてる?」
「う、うん。お昼は軽く済ませてきたから……」
部屋のおどろおどろしい雰囲気にビビりまくり、私、これ以上ないほど大キンチョー。
でも――このソファー、めちゃくちゃフカフカだなぁ。
座り心地、バツグン。
まぁ、手を置くところに、なんか悪魔の紋章みたいなのがくっついてるのが少し気になるけど……。
でもこのお部屋……誰も掃除しないのかな?
七五三くんって、お母さん、いないの?
お父さんは?
これじゃまるで、オモチャ箱をひっくり返した子ども部屋だよ。
それがオモチャじゃなくて、オカルトグッズなだけで……。
「とりあえず、お茶をどうぞ。これはとても体に良いんだ」
「ど、ども。あ、ありがとうございます」
私、超ガッチガチ。
動きが、まるでロボ。
目の前の、降霊会とかで使われそうなテーブルの上に、ダリの絵みたいなクネクネと曲がった湯呑みが置かれる。
中に入ってるのは、なんだかめっちゃ濃いドロドロの緑色。
こ、これ、お茶だよね?
か、体に良いんだよね?
なんか魔法使いのおばあさんが煎じた、毒入りのお茶みたいなんですけど……。
向かいの席に座った七五三くんは、同じものを美味しそうに飲んでいる。
だからきっとこれは……飲めるものだ……。
「あの、七五三くん」
「ん?」
「こちらのお部屋、だいぶ散らかってるみたいだけど……お掃除は、しないの?」
「あぁ、うん。しないよ」
「ご両親は? ご両親は、こんなに散らかってて、怒らない?」
「ご両親? あぁ、ボクの親ってこと? あの人たちは、ここにはいないよ」
「え? いないの?」
「うん。ここには、ボク一人だけで住んでるんだ」
「も、もしかして、七五三くん、一人暮らし?」
「ん? そうだけど?」
「ってことは――今、この家にいるの、私と七五三くんだけ?」
「うん。だから葉月さんもそんなに緊張しなくていいよ。ボク以外、誰もいないから」
「中一なのに……一人暮らし……」
「ここは、祖父の家なんだ」
そう言って、七五三くんが室内を見回す。
彼が視線を向けると、部屋中のヘンな物たちが、一瞬にしてキリッと姿勢を正したような気がした。
「おじいさまの、お宅……」
「祖父は去年亡くなってね。だから彼の代わりに、ボクがここに住んでるんだ。ヘンな物がたくさんあるだろ?」
「うん。なんか、すごくアレなのが、いっぱい……」
「祖父は、いわゆるオカルト研究家だったんだよ。だからそれ系のグッズを山ほどコレクションしてた」
「おじいさま、オカルト研究家だったんだ……」
「この部屋も本当は掃除したいんだけどね。もし祖父が幽霊になって戻ってきたら、『置き場所が変わっとる!』とかって激怒すると思うんだ。だから、そのままにしてある」
「そ、そうなんだ……」
お、おじいさまが、幽霊になって戻ってくることを想定していらっしゃる?
いや、でも、この部屋の雰囲気、おじいさまが戻ってきても不思議じゃないかも。
そんな話をしているうちに、一階の奥の方からチン! という音がはじけた。
ビクッと、私はその音に背を張る。
「パイが焼けたみたいだ。持ってくるよ」
「う、うん」
七五三くんがリビングを出ていくと、私はもう一度室内を見回す。
そっか……七五三くんのおじいさまって、オカルト研究家だったんだ……。
だから彼も、なんだか不思議な感じなんだね……。
そんなことを考えていると、七五三くんがパイを乗せたお皿を持って戻ってくる。
とても良い匂い……。
マボロシ塔で嗅いだ、あの匂いだ。
すごく、美味しそう……。
「焼きたてだから、まだすごく熱い。もう少し冷まそう。バルコニーに行こっか?」
「え? 七五三くんちって、バルコニーがあるの?」
「まぁ、狭いんだけどね。野外用のテーブルも置いてある。少人数ならバーベキューだってできるよ」
「わぁ、素敵」
「ついてきて」
お皿を持ったまま、七五三くんが奥の階段へ進んでいく。
私も、それに続いた。
七五三くんちの二階までの道のりも、なかなかなオカルトっぷりだ。
壁に、呪い人形みたいやつとか、謎のお面とか、数珠とか、不気味な絵画とか、とにかく色んな物が飾ってある。
階段の床も古くて、ミシミシと今にも抜けそうな音がした。
こういうの、たしかにオカルト研究家のお宅っぽい。
七五三くん、こんな幽霊屋敷みたいな家に一人で住んでるって、怖くないのかな?
でも、まぁ、きっと、彼なら怖くないんだろう。
それにここは、もともとおじいさまの家だし。
もしおじいさまの幽霊が出てきても、七五三くんなら「あぁ、おかえり」とかフツーに言いそう。
二階に到着し、さらに廊下を進むと、一つの扉が見えた。
七五三くんがそこを開けた瞬間、なんだか生ぬるい風が静かに入り込んでくる。
私と七五三くんは足もとに置かれたサンダルを履き、バルコニーに出た。
「うわぁ……」
バルコニーから見える景色は、とても素晴らしかった。
まるでアニメとかに出てくる、田舎の風景。
ずっと向こうまで続く、田んぼ、畑、木々。
すごい。
この鶯岬町にも、こんな場所があったんだ。
なんか、めちゃくちゃ新しい発見だよ!
私はどちらかと言うと街側に住んでるから、こんな場所があるなんて、全然知らなかった!
すごく、素敵なとこだ……。
「お茶を淹れなおそう。冷たいお茶と温かいお茶、どっちがいい?」
「七五三くんは?」
「ボクは、冷たいお茶かな」
「じゃあ、私も」
「準備してくるよ」
七五三くんが、一階に下りていく。
私はバルコニーの手すりに近寄り、ヒジをかけ、そこに吹く風に目を細めた。
良いとこだなぁ……。
なんか、すごく、のんびりしてる。
私たちがいつも暮らしてる世界とは、まったく別の世界みたい。
最初はちょっと怖かったけど、なんだか少し慣れてきたよ。
「お待たせ」
七五三くんが、グラスに入ったお茶を持ってくる。
今度のお茶はフツーだけど、グラスがちょっと変わってた。
まるで水晶玉みたいな、まぁるいグラス。
その中に入ってる、たくさんの小さくて四角い氷。
さされたストローは赤と白のストライプで、陽に照らされた全体がキラキラしてる!
なんか、オシャレ!
「すごく可愛いグラスだね! 綺麗っ!」
「じゃあ、パイを切るよ」
バルコニーに置いてあるテーブルの上で、七五三くんが焼き立てのパイを切る。
ワンピースが、ちょっと大きめ。
なんか、それだけですごく嬉しい♪
それをお皿に丁寧に乗せ、七五三くんが私の前に置いてくれた。
「はい、どうぞ。今日もすごく上手く焼けたよ」
「わぁ。ありがとう! じゃ、いただきまーっす!」
早速フォークを取り、私はパイを食べはじめる。
ヤバい……やっぱめちゃくちゃおいしい……。
でも一体何なんだろう、この果物?
白と黒の森で採った、不思議なフルーツ。
すごく、甘い。
おまけに味が深い、って言うか、独特。
こんなおいしい果物、どうしてあんな森に成ってるのかな?
でも――と、私はふと思う。
あの森って、フツーの人は行けない場所なんだよね?
ってことは、このパイも、もしかしたらこれからあまり食べれないかもしれない。
私は、またいつか、この果物を七五三くんといっしょに採りに行けるんだろうか?
たぶん、行ける。
きっと行ける。
行けると良いな。
「ところで、葉月さん」
七五三くんが、私がパイを食べる姿をながめながら言う。
「ん?」
「今日ここに来てもらったのは、このパイを食べてもらうだけじゃないんだ」
「え? そうなの?」
「写真、撮らない?」
「写真?」
七五三くんのいきなりな提案に、私はケッコー驚く。
写真……七五三くんが、写真……。
え? なんで?
どうして、突然?
「それはいいけど……だったら早く言ってよ。もっとオシャレしてきたのに」
「いや、そのままでいいんだ。そのままの、フツーの葉月さんの方が、価値がある」
「価値が、ある……」
「実はボク……あんまりお小遣い持ってないんだよね……」
七五三くんが、椅子から立ち上がる。
屋内の方に歩き、なにやら保冷ケースのようなものを持ってきた。
それを、テーブルの上に置く。
「だから、その、何て言うか……」
七五三くんが、その保冷ケースのフタを開ける。
その中に手を入れ、彼が取り出したのは――
「ボク、作間さんの彼氏みたいに、本物のブレスレットとかプレゼントできないんだよ」
そう言って彼が差し出してきたのは、一つのブレスレットだった。
な、何、これ?
エメラルドに輝く、綺麗なブレスレット……。
「だから今日は、これを作ってみた。氷で出来てるから、すぐに溶けちゃうけど、写真に撮れば永遠だろ?」
七五三くんが、私の左手にそのブレスレットをはめてくれる。
陽の光を反射して、糸で結ばれた小さな氷が宝石みたいにキラキラと輝いていた。
「えっと、あの、七五三くん……どうして私に、ブレスレットを?」
「だってキミ、こないだ作間さんのブレスレット見て、欲しそうな顔をしてたじゃないか」
「七五三くん、もしかして……私をずっと見てくれてるの?」
「え? そりゃあ見てるさ。だって自分の彼女だよ?」
「み、見られてないかと思ってたよ……」
私は、思わず泣きそうになる。
七五三くん、私のこと、ずっと見てくれてたんだ……。
私のこと、彼女だと思ってくれてたんだ……。
でも、ここは泣く場面じゃない。
私は、七五三くんにほほ笑みを向ける。
七五三くんも、私にほほ笑んでくれた。
「すっごく素敵なブレスレットだね! 作間さんのも素敵だったけど、私はこっちの方が好き! キラキラ度が違うよ!」
「さぁ、溶けないうちに写真を撮ろう!」
七五三くんが、ポケットからスマホを取り出す。
七五三くんのスマホは、やっぱり少しヘン。
錆色で、ゴツゴツしてて、なんか機械の部品みたい。
ねぇ、そんなの、一体どこに売ってるの?
もしかして自作?
まぁ、そんなメカメカしいのも、ちょっとオシャレなのかもだけど。
手首にはめたブレスレットが目立つように、私はバルコニーでポーズを取る。
何枚も、何枚も、私は七五三くんに写真を撮られていく。
やがてブレスレットの氷が溶け、私の手首がヒモだけになるまで。
氷のブレスレットが溶けると、私たちは撮った写真を確認した。
初めて彼氏の家に遊びに来た、私の記念写真!
私、自分で言うのもヘンだけど、なんかめちゃくちゃ楽しそう!
七五三くんちのバルコニー、その向こうの風景、テーブルの上の焼き立てのパイ。
すごいよ!
これで、今日という日が永遠になったよ!
これでいつだって、この場所に戻ってこれるよ!
𖧧
陽が暮れないうちに、私は家に帰ることにする。
七五三くんは、さっきの橋のあたりまで、私を送ってくれた。
歩きながら、私は彼に言う。
「ところで、七五三くん」
「ん?」
「今日も楽しい一日だったけど、ひとつ、私に謝ることはない?」
「謝ること? え? 何だろ?」
「どうしてスマホを持ってること、今まで内緒にしてたの?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「聞いたことないよ。あなた、そういうのにまったく興味がなさそうだったし」
「ごめん。じゃあ、明日番号を教えるよ。写真も全部送る」
「うん。まぁ、今日はめちゃくちゃ楽しかったから許す。パイ、ごちそうさま。またいつか、いっしょに食べたいな」
「そうだね。ボクもあのパイを食べてるキミの姿を見たい」
「じゃあ、帰るね。また明日」
「うん、また明日。くれぐれも車には気をつけて。急に飛び出したりしちゃダメだからね」
「わかった」
そう言って、私は自転車で走り出す。
途中で止まり、後ろ向きで手を振った。
七五三くんも、手を振り返してくれる。
でも――私は、ふと、初めて彼を好きになった日のことを思い出す。
『くれぐれも車には気をつけて。急に飛び出したりしちゃダメだからね』
今の言葉って……もしかして、あの日、あの黒猫に言った言葉と同じ?
いや、同じだよ。
マジで同じ。
な、何なの、七五三くん?
私、猫と同じ?
同じ扱い?
でも――私は、暮れていくオレンジの中、ニコニコと自転車を走らせる。
私の彼氏は、アレだ。
めちゃくちゃ変わってて、なんだか不思議な人。
でも彼は、私にはとても誠実。
ホントの心で接してくれるし、いつだって見守ってくれてる。
ねぇ、七五三くん。
私たち、ずっといっしょにいられるかなぁ?
私はね、七五三くんとずっといっしょにいたいよ。
ずっとね、こんな綺麗なオレンジ色の中で、永遠にあなたと笑い合っていくんだ。
夏は恋人たちの季節って言うけど、私はまったく期待できない。
なぜなら私の彼氏は、ちょっとアレな人だから。
「ねぇねぇ、見て見て! 彼氏にプレゼントをもらったの! 可愛くない?」
ウチのクラスのイケてる層、|作間(さくま)さんがブレスレットをみんなに見せびらかしている。
ウワサでは、作間さんの彼氏は三年生で、どうやらお金持ちの子らしい。
私も、チラリとそれを見た。
あ、すごく可愛い……。
キラキラ輝いてて、彼女にとてもよく似合ってる。
あぁいうの、私も欲しいな……。
でも、私の彼氏は、もちろんそういうのにまったく興味がない。
って言うか、私のことすら、あんまり興味がない感じ。
教室でも、彼から私に話しかけてくれることはない。
「ねぇ、葉月さん」
いきなり!
その時、いきなり私のとなりから、七五三くんが話しかけてくる。
私、超ビックリ!
だって教室で七五三くんから話しかけてくるなんて、初めてのことだし!
「な、何? どうしたの、七五三くん?」
「どうしたのって、話しかけてるんだけど?」
「いや、それはわかるけど……まさか学校で、あなたから話しかけてくるなんて……」
「え? ダメ?」
「ダメじゃない。全然ダメじゃないよ。ダメじゃないけど……ちょっとビックリした」
「葉月さんって、今度の休みの日、何かする予定ある?」
「え? 今度の休み? うーん、どうだろ? なんか予定あったっけ……」
「良かったら、ボクんちに遊びに来ない?」
「あぁ、七五三くんちね。うん、えっと、次の休みはべつに用事ないから……って、えぇぇぇぇ?」
私は、思わず大声を出してしまった。
クラスのみんな、一斉にこちらを注目!
ヤ、ヤバッ!
私と七五三くんが付き合ってるの、まだみんなには内緒なのに!
それでなくても、最近女子たちは七五三くんのイケメンに気づいてるから、なんか色々とメンドくさくなりそう!
「え? 葉月さん、あの漫画の続き、知らなかったの? ごめん、内容言っちゃった!」
突然、私と同じくらい大きな声で、七五三くんがそんなことを言う。
それを聞いたみんなは、『何だ、漫画の話か……』と、それぞれのお喋りに戻った。
七五三くん、ナイスフォロー!
さっすが、私の彼氏!
って言うか――私、今、七五三くんちに誘われた?
ひょっとして、初めての彼氏んち訪問?
これ、「行く」って言うべきなの?
彼氏とはいえ、男子の家に遊びに行くなんて、私、初めてなんですけど?
えぇ、どうしよう?
そんなことを考えているうちに、次の授業のチャイムが鳴る。
三時間目の先生が入ってきた。
クラスメイトたちが、あわてて自分の席につきはじめる。
でも、私は一人、ドッキドキのガッチガチ。
ど、どうしよう、どうしよう、どうしよう……。
彼氏んち!
彼氏んちだよ?
人生初、自分の彼氏んちだよ?
𖧧
えー、そんなわけで――休みの日がやってきました。
お昼ゴハンを食べてから、私は自転車で七五三くんちに向かう。
初めての!
彼氏んち!
しかも七五三くん、こないだ二人で採りに行ったあの果物で、またパイを焼いてくれるんだって!
私、すっごく楽しみ!
だってあのパイ、めちゃくちゃ美味しいんだもん!
ニヤニヤしながら、私は川沿いの道で自転車を止める。
ポケットから、折り畳まれた紙を取り出した。
開いたそれを、ジッと見つめる。
これ、昨日七五三くんにもらった、彼んちまでの地図。
でも……七五三くんちって、意外と遠いんだなぁ。
ウチの中学の校区は広いけど、彼、いつもこんな遠くから通ってるんだ……。
地図を確認し、私はふたたび自転車を漕ぎ出す。
曲がりくねった、田舎道に突入。
ポツンポツンとしか、家が建ってない。
すごいな。
まわり、田んぼとか畑しかないよ。
その向こうは、森&山。
自然が、とても豊かな場所。
七五三くんって、こういうとこに住んでるんだ……。
だからいつも、あんなノンビリした感じなんだね。
そんなことを考えながら、私は川にかかる二番目の橋に到着する。
そこをサーッと渡っていった。
地図によると、この橋を通過し、まっすぐに進めば、すぐに七五三くんち。
七五三くんちって、一体どんな感じなのかな?
まわりの風景から想像するに――年季の入った和式家屋?
おサムライさんが住んでそうな、立派な感じ?
いやぁ、楽しみ楽しみ。
そして私は――ボーゼンと、自転車のブレーキをかけた。
目の前の建物を見上げる。
「えっと、あの……こ、こちらのお宅、ですか?」
ポケットから地図を取り出し、私は何度も確認する。
ま、間違いありません。
地図に書かれた七五三くんちは、間違いなく、ここです……。
わりと、ボロボロなお宅。
しかも、洋館……。
こちらのお宅は、な、何なんでしょうか?
まるでホラー映画に出てくる、呪われた幽霊屋敷みたいな感じなんですけど?
これ、出ますよね?
えぇ、きっと出ます。
何かが……。
夜になると、この世のものではない、実にアレなやつが……。
七五三くん、こんな幽霊屋敷みたいな洋館に住んでるの?
だからちょっと、いつもアレな感じなんだ……。
「やぁ、葉月さん。いらっしゃい。早かったね」
私が七五三くんちのホラーっぷりにビビっていると、中から彼が出てきた。
すごく、フツー。
さわやかで、明るい笑顔。
何なんでしょう、私の彼氏?
呪われた幽霊屋敷から、めっちゃファンシーな可愛いぬいぐるみが出てきた感じ。
「ほ、本日は、お招きいただき、ありがとうございます」
「ははははは。何、かしこまってるの? さぁ、入って。汚いとこだけど」
いえ、あの、汚いとこって言うか、とてもホラーなお宅のようですが……。
い、いますよね、絶対?
これ、中に。
その、悪霊的な何かが……。
𖧧
「そこに座って。自分ちだと思って、のんびりくつろいでよ」
家の中に案内されると、私はさらにビビる。
いや、これ、どうなってるんでしょう?
家ですか、ここ?
何かの展示会場じゃなくて?
私が通されたのは、これまた奇妙な部屋だった。
こちら、たぶんリビングです。
だけど床に、色んな物が転がってます。
絨毯の模様――こちらは、その、魔法陣か何かでしょうか?
今すぐにでも、悪魔とか召喚できそうです。
部屋の壁にベタベタと貼られているのは、キテレツな文字のお札。
あとなぜかニンニクの束が、アチコチにぶら下がってます。
あの、やっぱここ、何か出たりするんでしょうか?
床に散らばっているのは、古い事典みたいな、ぶ厚い書物たち。
部屋中を、大きく翼を広げたカラスの剥製が十羽くらい、ぐるりと取り囲んでいます。
なぜに、カラス?
室内に、カラス?
しかも数!
顔も全員、凶暴!
カオスです……ものすごくカオスです……。
「パイはもうすぐ焼き上がるよ。お腹は、すいてる?」
「う、うん。お昼は軽く済ませてきたから……」
部屋のおどろおどろしい雰囲気にビビりまくり、私、これ以上ないほど大キンチョー。
でも――このソファー、めちゃくちゃフカフカだなぁ。
座り心地、バツグン。
まぁ、手を置くところに、なんか悪魔の紋章みたいなのがくっついてるのが少し気になるけど……。
でもこのお部屋……誰も掃除しないのかな?
七五三くんって、お母さん、いないの?
お父さんは?
これじゃまるで、オモチャ箱をひっくり返した子ども部屋だよ。
それがオモチャじゃなくて、オカルトグッズなだけで……。
「とりあえず、お茶をどうぞ。これはとても体に良いんだ」
「ど、ども。あ、ありがとうございます」
私、超ガッチガチ。
動きが、まるでロボ。
目の前の、降霊会とかで使われそうなテーブルの上に、ダリの絵みたいなクネクネと曲がった湯呑みが置かれる。
中に入ってるのは、なんだかめっちゃ濃いドロドロの緑色。
こ、これ、お茶だよね?
か、体に良いんだよね?
なんか魔法使いのおばあさんが煎じた、毒入りのお茶みたいなんですけど……。
向かいの席に座った七五三くんは、同じものを美味しそうに飲んでいる。
だからきっとこれは……飲めるものだ……。
「あの、七五三くん」
「ん?」
「こちらのお部屋、だいぶ散らかってるみたいだけど……お掃除は、しないの?」
「あぁ、うん。しないよ」
「ご両親は? ご両親は、こんなに散らかってて、怒らない?」
「ご両親? あぁ、ボクの親ってこと? あの人たちは、ここにはいないよ」
「え? いないの?」
「うん。ここには、ボク一人だけで住んでるんだ」
「も、もしかして、七五三くん、一人暮らし?」
「ん? そうだけど?」
「ってことは――今、この家にいるの、私と七五三くんだけ?」
「うん。だから葉月さんもそんなに緊張しなくていいよ。ボク以外、誰もいないから」
「中一なのに……一人暮らし……」
「ここは、祖父の家なんだ」
そう言って、七五三くんが室内を見回す。
彼が視線を向けると、部屋中のヘンな物たちが、一瞬にしてキリッと姿勢を正したような気がした。
「おじいさまの、お宅……」
「祖父は去年亡くなってね。だから彼の代わりに、ボクがここに住んでるんだ。ヘンな物がたくさんあるだろ?」
「うん。なんか、すごくアレなのが、いっぱい……」
「祖父は、いわゆるオカルト研究家だったんだよ。だからそれ系のグッズを山ほどコレクションしてた」
「おじいさま、オカルト研究家だったんだ……」
「この部屋も本当は掃除したいんだけどね。もし祖父が幽霊になって戻ってきたら、『置き場所が変わっとる!』とかって激怒すると思うんだ。だから、そのままにしてある」
「そ、そうなんだ……」
お、おじいさまが、幽霊になって戻ってくることを想定していらっしゃる?
いや、でも、この部屋の雰囲気、おじいさまが戻ってきても不思議じゃないかも。
そんな話をしているうちに、一階の奥の方からチン! という音がはじけた。
ビクッと、私はその音に背を張る。
「パイが焼けたみたいだ。持ってくるよ」
「う、うん」
七五三くんがリビングを出ていくと、私はもう一度室内を見回す。
そっか……七五三くんのおじいさまって、オカルト研究家だったんだ……。
だから彼も、なんだか不思議な感じなんだね……。
そんなことを考えていると、七五三くんがパイを乗せたお皿を持って戻ってくる。
とても良い匂い……。
マボロシ塔で嗅いだ、あの匂いだ。
すごく、美味しそう……。
「焼きたてだから、まだすごく熱い。もう少し冷まそう。バルコニーに行こっか?」
「え? 七五三くんちって、バルコニーがあるの?」
「まぁ、狭いんだけどね。野外用のテーブルも置いてある。少人数ならバーベキューだってできるよ」
「わぁ、素敵」
「ついてきて」
お皿を持ったまま、七五三くんが奥の階段へ進んでいく。
私も、それに続いた。
七五三くんちの二階までの道のりも、なかなかなオカルトっぷりだ。
壁に、呪い人形みたいやつとか、謎のお面とか、数珠とか、不気味な絵画とか、とにかく色んな物が飾ってある。
階段の床も古くて、ミシミシと今にも抜けそうな音がした。
こういうの、たしかにオカルト研究家のお宅っぽい。
七五三くん、こんな幽霊屋敷みたいな家に一人で住んでるって、怖くないのかな?
でも、まぁ、きっと、彼なら怖くないんだろう。
それにここは、もともとおじいさまの家だし。
もしおじいさまの幽霊が出てきても、七五三くんなら「あぁ、おかえり」とかフツーに言いそう。
二階に到着し、さらに廊下を進むと、一つの扉が見えた。
七五三くんがそこを開けた瞬間、なんだか生ぬるい風が静かに入り込んでくる。
私と七五三くんは足もとに置かれたサンダルを履き、バルコニーに出た。
「うわぁ……」
バルコニーから見える景色は、とても素晴らしかった。
まるでアニメとかに出てくる、田舎の風景。
ずっと向こうまで続く、田んぼ、畑、木々。
すごい。
この鶯岬町にも、こんな場所があったんだ。
なんか、めちゃくちゃ新しい発見だよ!
私はどちらかと言うと街側に住んでるから、こんな場所があるなんて、全然知らなかった!
すごく、素敵なとこだ……。
「お茶を淹れなおそう。冷たいお茶と温かいお茶、どっちがいい?」
「七五三くんは?」
「ボクは、冷たいお茶かな」
「じゃあ、私も」
「準備してくるよ」
七五三くんが、一階に下りていく。
私はバルコニーの手すりに近寄り、ヒジをかけ、そこに吹く風に目を細めた。
良いとこだなぁ……。
なんか、すごく、のんびりしてる。
私たちがいつも暮らしてる世界とは、まったく別の世界みたい。
最初はちょっと怖かったけど、なんだか少し慣れてきたよ。
「お待たせ」
七五三くんが、グラスに入ったお茶を持ってくる。
今度のお茶はフツーだけど、グラスがちょっと変わってた。
まるで水晶玉みたいな、まぁるいグラス。
その中に入ってる、たくさんの小さくて四角い氷。
さされたストローは赤と白のストライプで、陽に照らされた全体がキラキラしてる!
なんか、オシャレ!
「すごく可愛いグラスだね! 綺麗っ!」
「じゃあ、パイを切るよ」
バルコニーに置いてあるテーブルの上で、七五三くんが焼き立てのパイを切る。
ワンピースが、ちょっと大きめ。
なんか、それだけですごく嬉しい♪
それをお皿に丁寧に乗せ、七五三くんが私の前に置いてくれた。
「はい、どうぞ。今日もすごく上手く焼けたよ」
「わぁ。ありがとう! じゃ、いただきまーっす!」
早速フォークを取り、私はパイを食べはじめる。
ヤバい……やっぱめちゃくちゃおいしい……。
でも一体何なんだろう、この果物?
白と黒の森で採った、不思議なフルーツ。
すごく、甘い。
おまけに味が深い、って言うか、独特。
こんなおいしい果物、どうしてあんな森に成ってるのかな?
でも――と、私はふと思う。
あの森って、フツーの人は行けない場所なんだよね?
ってことは、このパイも、もしかしたらこれからあまり食べれないかもしれない。
私は、またいつか、この果物を七五三くんといっしょに採りに行けるんだろうか?
たぶん、行ける。
きっと行ける。
行けると良いな。
「ところで、葉月さん」
七五三くんが、私がパイを食べる姿をながめながら言う。
「ん?」
「今日ここに来てもらったのは、このパイを食べてもらうだけじゃないんだ」
「え? そうなの?」
「写真、撮らない?」
「写真?」
七五三くんのいきなりな提案に、私はケッコー驚く。
写真……七五三くんが、写真……。
え? なんで?
どうして、突然?
「それはいいけど……だったら早く言ってよ。もっとオシャレしてきたのに」
「いや、そのままでいいんだ。そのままの、フツーの葉月さんの方が、価値がある」
「価値が、ある……」
「実はボク……あんまりお小遣い持ってないんだよね……」
七五三くんが、椅子から立ち上がる。
屋内の方に歩き、なにやら保冷ケースのようなものを持ってきた。
それを、テーブルの上に置く。
「だから、その、何て言うか……」
七五三くんが、その保冷ケースのフタを開ける。
その中に手を入れ、彼が取り出したのは――
「ボク、作間さんの彼氏みたいに、本物のブレスレットとかプレゼントできないんだよ」
そう言って彼が差し出してきたのは、一つのブレスレットだった。
な、何、これ?
エメラルドに輝く、綺麗なブレスレット……。
「だから今日は、これを作ってみた。氷で出来てるから、すぐに溶けちゃうけど、写真に撮れば永遠だろ?」
七五三くんが、私の左手にそのブレスレットをはめてくれる。
陽の光を反射して、糸で結ばれた小さな氷が宝石みたいにキラキラと輝いていた。
「えっと、あの、七五三くん……どうして私に、ブレスレットを?」
「だってキミ、こないだ作間さんのブレスレット見て、欲しそうな顔をしてたじゃないか」
「七五三くん、もしかして……私をずっと見てくれてるの?」
「え? そりゃあ見てるさ。だって自分の彼女だよ?」
「み、見られてないかと思ってたよ……」
私は、思わず泣きそうになる。
七五三くん、私のこと、ずっと見てくれてたんだ……。
私のこと、彼女だと思ってくれてたんだ……。
でも、ここは泣く場面じゃない。
私は、七五三くんにほほ笑みを向ける。
七五三くんも、私にほほ笑んでくれた。
「すっごく素敵なブレスレットだね! 作間さんのも素敵だったけど、私はこっちの方が好き! キラキラ度が違うよ!」
「さぁ、溶けないうちに写真を撮ろう!」
七五三くんが、ポケットからスマホを取り出す。
七五三くんのスマホは、やっぱり少しヘン。
錆色で、ゴツゴツしてて、なんか機械の部品みたい。
ねぇ、そんなの、一体どこに売ってるの?
もしかして自作?
まぁ、そんなメカメカしいのも、ちょっとオシャレなのかもだけど。
手首にはめたブレスレットが目立つように、私はバルコニーでポーズを取る。
何枚も、何枚も、私は七五三くんに写真を撮られていく。
やがてブレスレットの氷が溶け、私の手首がヒモだけになるまで。
氷のブレスレットが溶けると、私たちは撮った写真を確認した。
初めて彼氏の家に遊びに来た、私の記念写真!
私、自分で言うのもヘンだけど、なんかめちゃくちゃ楽しそう!
七五三くんちのバルコニー、その向こうの風景、テーブルの上の焼き立てのパイ。
すごいよ!
これで、今日という日が永遠になったよ!
これでいつだって、この場所に戻ってこれるよ!
𖧧
陽が暮れないうちに、私は家に帰ることにする。
七五三くんは、さっきの橋のあたりまで、私を送ってくれた。
歩きながら、私は彼に言う。
「ところで、七五三くん」
「ん?」
「今日も楽しい一日だったけど、ひとつ、私に謝ることはない?」
「謝ること? え? 何だろ?」
「どうしてスマホを持ってること、今まで内緒にしてたの?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「聞いたことないよ。あなた、そういうのにまったく興味がなさそうだったし」
「ごめん。じゃあ、明日番号を教えるよ。写真も全部送る」
「うん。まぁ、今日はめちゃくちゃ楽しかったから許す。パイ、ごちそうさま。またいつか、いっしょに食べたいな」
「そうだね。ボクもあのパイを食べてるキミの姿を見たい」
「じゃあ、帰るね。また明日」
「うん、また明日。くれぐれも車には気をつけて。急に飛び出したりしちゃダメだからね」
「わかった」
そう言って、私は自転車で走り出す。
途中で止まり、後ろ向きで手を振った。
七五三くんも、手を振り返してくれる。
でも――私は、ふと、初めて彼を好きになった日のことを思い出す。
『くれぐれも車には気をつけて。急に飛び出したりしちゃダメだからね』
今の言葉って……もしかして、あの日、あの黒猫に言った言葉と同じ?
いや、同じだよ。
マジで同じ。
な、何なの、七五三くん?
私、猫と同じ?
同じ扱い?
でも――私は、暮れていくオレンジの中、ニコニコと自転車を走らせる。
私の彼氏は、アレだ。
めちゃくちゃ変わってて、なんだか不思議な人。
でも彼は、私にはとても誠実。
ホントの心で接してくれるし、いつだって見守ってくれてる。
ねぇ、七五三くん。
私たち、ずっといっしょにいられるかなぁ?
私はね、七五三くんとずっといっしょにいたいよ。
ずっとね、こんな綺麗なオレンジ色の中で、永遠にあなたと笑い合っていくんだ。
