次の日。碧が壊される、運命の20日。空から無数に降ってくる雨が、屋根を叩く音が聞こえる。
今日は朝早くに起きて朝食を食べた。
昨日は仕事で家にいなかったお母さんが、珍しく早くから起きていた。
「千瀬の同級生の子が……、千瀬を助けてくれたみたいね」
お母さんがコーヒーを淹れながらぽつりとつぶやいたその言葉に、ぎゅっと胸が痛んだ。
「……そうだよ」
「千瀬を大切に思ってくれているのね」
お母さんが私の横に座った。
『俺は世界で1番、千瀬が大切だ‼︎』
昨日の碧の叫び声が蘇ってきて、少しだけ顔が熱くなった。
「……うん」
「千瀬もその子のこと、大切に思っているの?」
お母さんと目が合った。澄んだ瞳が私を見ている。
「うん」
その問いには間を取らずに、即答することができた。
「……今日、その子のところに行くんでしょう?」
「うん」
こくりと頷くと、お母さんがにっこりと笑った。
「行ってらっしゃい。その子と過ごせる時間は、思っているより長くないわ。今を大切にしてね」
「うん、ありがとうお母さん」
朗らかな笑みを浮かべたお母さんに見送られ、私は昨日と同じ道をただひたすらに走っていく。
降っている雨に濡れても、気にも留めずに走っていく。
昨日怪我したところは、少しも痛くなんてなかった。
短い道を駆け抜け、研究所の扉の前まで来ると、昨日と同じ護衛の人が私の顔を見て通してくれた。
つけてきた腕時計をチラリと見ると、ちょうどピッタリ8時になったところだった。
重い扉を開けると、昨日私が座っていた椅子に座っている碧が、弾かれたようにこちらを見た。
「……千瀬……」
「碧…」
暫くの間無言で見つめ合った後、徐に碧が立ち上がってこちらに歩いてきた。
「驚いた……、ぴったり八時にやって来るとか……。というか、めっちゃ濡れてるじゃん」
「ぴったりなのはたまたまだよ。ちょっと早めにやってきて、外で待つつもりだったんだけど…。あと、今日は結構降ってるね」
慌てて碧が持ってきてくれたタオルで髪を拭きながら碧に言った。
「碧……、会いたかった」
「何それ。十何年ぶりに会ったくらいの人に言うセリフだよ、それ」
「えー、だってほんとに会いたかったから……」
今は、こうやって笑って碧と話せている。みんなの言う通り、この時間を大切にして、残された碧との大切な時間を過ごしていこうと決意した。
だって、きっと碧と別れる三十分後ほどには、私は泣いてしまっている。
だから、こうやって笑って話せる時間を、大切にしたい。
たとえそれが、すごく短い期間だったとしても。
碧がさっき座っていた椅子の隣に座ると、碧も隣に座ってくれた。
「そういえば、碧は私に救われてきたって言っていたけど…、私、碧を救えるほど素直でもないし、明るくもないよ?」
「ああ……あれは……、人間に…世界に絶望していた時に千瀬に会って……、たまに絶望しながらもなんだかんだ言って前を向いて生きていこうとする千瀬を見て救われてきたんだ。俺も、前を向いたり、嫌いなやつを信じてみたりしないとなって……」
「なるほど。そう言ってもらえて光栄だなー」
「千瀬は?教師嫌い、どうなった?」
急に話を振られて少したじろいだ後、話し始めた。
「あれは……、何度も濡れ衣を着された時、他に恨む相手がいなかったから恨んじゃったのかも。私に罪をなすりつけてきた女の子は、小さい頃は仲良くしてたから……。AIというものを互いに理解していない頃にね……。私も私で、否定するのを諦めなければよかった。諦めずに、訴え続ければよかったんだ……」
「へえ」
ほとんど独り言のような言葉に碧が相槌を打って、不意にぽつりと言葉を漏らした。
「……写真撮るの、楽しかったな」



