冷遇令嬢、最恐軍医に嫁ぎました~大正深愛綴り~


「紫乃様、篁家でございます」

 御者の声に、紫乃は「はい」と返事をした。馬車の扉が開く音が、やけに大きく響いた。

(ここが、今日から私が暮らす場所……)

 そう自分に言い聞かせながら、篁家から贈られた婚礼衣裳を身に纏っている紫乃は、ゆっくりと馬車を降りた。
 婚礼衣装の裾が、風に揺れてふわりと広がる。

 足元には、細かく敷き詰められた石畳が続いていた。歩きなれない硬さが、足裏に伝わってくる。

(歩みにくい……)

 慣れない履物のせいか、緊張のせいか、足元がおぼつかない。
 馬車を降りた紫乃は幾人もの人の気配を感じ、そっと指先を重ねた。その時、再びピリッとした痛みが走る。
 花嫁には似つかわしくない手に、胸の奥がきゅっと縮んだ。けれど、引き返す道はもうない。

 複数の足音が近づいてくる。漏れ出す吐息、衣擦れの気配、控えめなざわめき。

「紫乃様でいらっしゃいますか?」
「……はい」

 紫乃は息を整え、丁寧にお辞儀をした。

「岩永紫乃と申します。どうぞ……よろしくお願いいたします」
「まぁ……なんてお美しい若奥様でしょう」
「本当に……西洋のお人形さんみたいですわ」

 驚きと喜びを含んだ女性たちの声が、紫乃の耳に届く。紫乃は緊張しながらも、静かに微笑んだ。
 その瞬間、空気がふわっと和らいだのを感じた。