冷遇令嬢、最恐軍医に嫁ぎました~大正深愛綴り~


 馬車がトンネルを抜けた瞬間、霞んでいた視界に、ふわりと光が差し込んだ。

 車窓の奥に、横須賀の港が広がっている。
 紫乃の目には、灰色の影と白い光が揺れて見えるだけ。それでも、潮の香りと、遠くで鳴る汽笛の低い響きが、ここが海辺の町であることを確かに教えてくれる。

(……海だ)

 初めて訪れる場所なのに、なぜか懐かしいような気がした。

 馬車はゆっくりと進んでいく。次第に、軍港特有の張り詰めた空気を感じとる。

 通りを行き交う兵士たちの足音、洋館が並ぶ通りに漂う異国の香り。
 それらの“気配”が、紫乃の曖昧な視界の隙間を満たしていく。

 やがて、馬車は黒々とした重厚な鉄製の門の前で止まった。
 曲線を描く装飾が施され、淡く光を反射している。両脇の門柱は石造りで、白い漆喰と灰色の石が組み合わされた洋風の造り。

 その奥には、和と洋が溶け合うような大きな屋敷が広がっている。
 瓦屋根の曲線と、洋館のような高い窓枠が同居し、大正の新しい時代を象徴するような佇まいだった。

(……大きいわ)

 紫乃には、門も屋敷も輪郭しかわからない。けれど、そこに“高さ”と“広さ”があることだけは、影の濃淡と空気の重みで感じ取れた。